12話 ~酒場めぐりと、インチキ少女~


「そんで、言われたとおりに護身用の武器は買ったけど、これからどうするんだよ」


 食事を終えた僕らはワカメに先導され、とある店までやってきた。

 それは中古品を扱うさびれた店で、そこで武器を調達することになったのだ。

 購入したのは、いつポッキリと折れても不思議じゃない刃渡り四十程度のおんぼろショートソード。品が品だけに非常に安価ではあったが当然の如く自腹である。

 だがこれで「武器を扱えるとか言いながらどうしてなにも持っていないのよ」と、ワカメから馬鹿を見るような目を向けらることも、小言を言われることもなくなるはずだ。

 そんな僕らは今、ショートソードのやいばの欠け具合をチェックしながら、これからどう動くかを話し合っていた。


「さっきも言ったと思うけど、まずは情報収集ね」


 情報収集は大事だ。僕は賛同するように頷く。


「もうユーシアさんったら忘れっぽいんですね~? あ、いてっ」


 改めて聞き直した僕がそのことを忘れてると思い煽ってきたオルテンシアさんのおでこにデコピンを放つ。トラウマとなる接触は、あくまでも欲望を刺激するものに限るためこういった触れ合いでは問題ない。


「それは分かってるよ。ダスト団とやらの情報を集めるために、具体的にどうするかってこと」


 正直、伝手のない素人の僕らができる情報集めの方法なんて数が限られている。

 闇雲に街の人に聴くという案もないことはないが、それはあまりに非効率だ。


「そうね、そこらの人物に聴いていっても、うわさ程度しか分からないだろうし、やっぱ情報集めといえば」

「酒場か?」


 被せるようにそう言うと、彼女は得意げな表情でこちらを見た。


「分かってるじゃない。とりあえずいくつかの酒場でダスト団について聞き出すわよ。酒場にはあたしが案内してあげるから着いてきなさい!」

「さすがワカメちゃん、頼りになります!」

「まあ僕はこの都市では新参もいいところだし、街に詳しいひとがいるのは正直助かる」

「ふふん、特別にリーダーって呼ぶことを許してあげるわ」

「はい、ワカメちゃん!」

「じゃあ行こうか、ワカメ」

「……言っとくけど、情報の聞き出しはあたしがするわ。あんたらは黙って見ていなさいよ?」


 あまりに自然な流れでリーダー呼びを却下されたワカメは、なにか言いたげな表情でそう吐き捨てた。



「とりあえず目的地には着いたけど、ほんとに大丈夫よね? 特にオルテ」

「任せてください! ワカメちゃんが酒場のマスターさんと話をしてる最中は、口を閉じて目を細め、腕を組みながら、みすてりあす~な雰囲気を漂わせていればいいんですよね!」

「まあ、みすてりあすってのはともかく、変に喋ってボロを出さなきゃそれでいいわ。それと……」


 ワカメの視線が僕に向く。

 なにを言いたいかは分かる。僕は剣の柄に手をかけて小さく頷いた。


「大丈夫そうね、まあそうそう酒場内で荒事は起きないでしょうけど、いざって時は頼んだわよ」


 そういってワカメは僕らに背を向けると、酒場の扉を開ける。

 カラランと小さな鐘の音が鳴ると同時に、昼から酒をあびている幾人の客と、酒場のマスターの視線が僕らに集まった。


「失礼するわよマスター。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 そう口を切ったワカメの態度はどこか気安い。

 一方で、酒場のマスターは彼女の姿をみるとあからさまに「ゲッ」といった苦い顔を浮かべていた。


「お前かインチキ娘。今日は珍しく人を連れてなんのようだ?」


 インチキ娘……確かにワカメにぴったりの呼び名である。

 それにこの感じ、ふたりはどうやら顔見知りのようだ。


「インチキ……?」

「オルテンシアさん、シー……!」

「あ、そうでした、みすてりあす、みすてりあ~す」


 不思議そうにワカメの呼び名を口にするオルテンシアさん。慌てて僕は人差し指を口元に立てる。するとしっかりと伝わったようで、彼女は口を塞いでなんとか取り繕った。


「……お前さん、またなんかやらかそうとしてるのか? それなら悪いが協力は」


 ……また? どうやらワカメは以前になにかをやらかしていたらしい。といっても、その性悪な性格を考えるとさして不思議でもないのだが。


「ちっがうわよ! 今日来たのは別の理由。知りたいことがあってきたの」

「おいおい、またカモにできそうなやつを知りたがってるのか? ついこないだ教えてやったばかりじゃないか」


 疑念が確信に変わり、ワカメの後ろ姿を眺めている僕の目が死ぬ。やっぱりこいつ詐欺の常習犯じゃねーか。


「ああもう、そうじゃなくて……! あたしが知りたいのはダスト団についてよ。なにか知ってないの!?」

「あぁん、ダスト団……? あー確か最近街に入ってきてるとかいうよくわからん組織か。悪いが詳しくないな。それっぽい奴らも店にはきてねぇし、ここらにはうろついてないと思うぞ」

「……そう。それだけ聞ければ問題ないわ。ふたりとも行くわよ」

「あ、おい、一品ぐらい頼んでいけって……っち」


 そう言ってワカメはあっという間に踵を返した。僕も酒場を出ていこうとする彼女を追いかけるように着いていく。

 

「それにしてもワカメちゃん、なんも情報がなくて残念でしたね~」


 他人事のように言うオルテンシアさんだったが、ワカメは呆れるように肩をすくめて、人を苛立たせるような挑発的な表情を浮かべた。


「はあ……まったくオルテはバカね。情報はちゃんと入手できたじゃない」

「まさかそれってダスト団が最近やってきた奴らだってことか? でもそれは元々知って……」

「ふふっ、ユーシアあんたも頭オルテね?」

「あ、頭オルテだけはやめろぉ!」

「ゆ、ユーシアさん……!? そんなに嫌がられると私もショックなんですけど!」

「いやだってね」

「ひ、ひどいです!」


 だって、普通にバカとかアホとか言われるよりも、頭オルテと言われる方が度合いが具体的というか。


「はあ、仕方ないからあんたらふたりに教えてあげるわ。普通アジトの近くに酒場があったら何人もの構成員が店に来ているはずなのよ。なにせ後ろ暗い組織のその日暮らしのやつらが酒を絶ってるなんて考えづらいもの」

「言われてみればそうだな。つまりワカメは酒場を巡ってダスト団の構成員らしき人物の出入りが多い酒場……というか、地域を探そうとしてるのか。……頭いいな」

「あら、ようやく立場の違いってものが分かったの? ほら言う事があるでしょ? 生意気な態度をとって申し訳ありませんでした~とか、ぜひこれから舎弟として尽くさせてください~とかぁ?」

「少し感心したらこれだよ! せめて尻と胸と性格をなおしてから舎弟に誘ってくれ」

「へ、へぇ~言うじゃない? あたしの方こそ願い下げよ。舎弟にするなら、あんたみたいなちんちくりんじゃなくて、もっと頼りがいのある金持ちのイケメンがいいもの!」

「お前が、金持ちの、イケメンをぉ? ねえねえ、不相応って言葉知ってる? あー知らないか~? 知ってたらそんな恥ずかしいこと言えないもんなぁ?」

「あらあら、ついにトチ狂って自分自身にご説教? そうね、あの宿の女性はすごい綺麗なひとだったものね? あんたには不相応だからすっぱり諦めなさいな」

「なんだとッ!?」

「なによッ!」


 買い言葉に売り言葉。気づけばこれからの行動指針の話から、取っ組み合い目前の喧嘩に発展していた僕ら。

 僕は元来、やられたらやり返す、言われたら言い返す質だが、どうしてだかワカメが相手だと三倍にして叩き返さないと我慢できなくなっていた。うん、分かってたけど、僕とワカメは相性が悪い。


「おふたりはとっても仲が良いですね!」

「「仲良くなんてない!!」」

「またまた~本物のキョーダイみたいですよ! あ、でもそうすると私だけ仲間外れで寂しいので、私もおふたりのお姉ちゃんに立候補することにします!」

「……いや、それだけはちょっと。てか、オルテンシアさんはどう考えても末っ子枠じゃない?」

「あんたらと姉弟とか業腹だけど、オルテに関しては間違いなくそうね」

「ええっ!? 私の方がぜったい年上なのに!」


 そんな!? とばかりに、大げさなリアクションを取るオルテンシアさんだが、自分が姉枠だという自信はどこからきているのか謎である。

 と、こんなバカな無駄話で時間を浪費している暇ではない。……そう思ったのは僕だけではなかったらしい。


「ああもう、こんな無駄話をしてないで、さっさと次の場所に行くわよ!」

「そ、そうだな」

「あ……それならせめて、ユーシアさんとワカメちゃんのどっちがお兄ちゃんなのか、お姉ちゃんなのかを決めてからにしませんか?」

「……」

「……」


 僕とワカメの踏み出そうとしていた足が止まる。自然と目が合う。

 不本意だがそれだけで相手の考えていることが分かってしまう。これは自分が「姉」だと主張している瞳だ。ちなみに僕のほうも言わずもがな。

 とはいえ、ここで議論を始めたらそれだけで日が落ちてしまいかけない。そして、これまた不本意だが、僕だけではなくワカメもそのことを理解しているように感じた。


「そんなの決まりきってるから話し合う必要もないわ」

「そのとおりだ。そんなこと、すでに僕らの中で答えが出てるんだよ」

「そうなんですか!? じゃあ教えてください~! どっちがお兄ちゃんでどっちがお姉ちゃんなんですか~!? あーもう無視しないでくださいよ~!」


 口をひらけば仁義なき戦いが勃発することがわかり切っていた僕は、今にも動き出しそうな口元を必死に抑えながら、オルテンシアさんを置いてワカメの後を追いかけるのだった。

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