11話 ~ギフト【模倣】と、カグラ鳥のてりやき定食~


「わかった、話す、話すよ。僕のギフトは【模倣】――対象の能力を僕自身に宿すことができるギフトだ」

「【模倣】ねえ……もしかしてそれってあたしを対象にすれば、あたしのギフトも、つまり【屈折】も使えるようになるってことなのかしら?」

「…………? つまりどういうことですか??」


 探るような雰囲気で問いかけるワカメ。首をかしげるオルテンシアさん。

 僕は理解力に乏しそうなエルフを捨て置いて、ワカメの疑問に答える。


「その解釈であってる。でもなにもギフトだけじゃない。例えば……そのひとが魔法を使えるなら、同様の魔法を同じ練度で使えるし、剣の達人が対象ならその人物と互角に打ち合えるだけの剣の腕前を得ることもできる」

「お、おぉ……なんかすごそうですね! よくわからないけど、すごそうです!」

「頭悪そうな物言いをしているオルテはともかくとして、確かに悪くはないわね。それってどんな強敵が出てきても一方的にやられることはないってことでしょ?」

「あーそのことなんだけど……」

「なによ、なにか間違ってるの?」

「発動条件のせいで、基本的に敵を模倣の対象にはできないんだよね。てか、さっきも言ったけど今回に関しては条件を満たせそうにもないから使えないものだと思っておいて欲しい」


 【模倣】のギフトの発動条件は、お互いを【仲間】だと認識しあっていること。

 一方的でもダメだし、上辺だけの認識でも発動できない。

 これは前の世界でのことだが、一時的なパーティを組んでいる程度の浅い仲間意識では、発動条件を満たせないことも確認済みだ。

 そして、僕らはあくまでも偶然出会った詐欺被害者と加害者でしかなく、和解した今だって報酬に釣られた協力者でしかない。そんな関係なのだから、当然、背中を預けられるような信頼感も持ち合わせていない。そもそもの話、オルテンシアさんはともかくとして、この性悪少女と仲間になりたいとも思えなかった。

 当然、そんなことを聞かされたワカメは意味がわからないとばかりに顔を歪めた。


「はぁ~~~っ? 確かにそんな事も言ってたけど……は? 使えないって本当なの? それが嘘だったら許さないわよ!? オルテけしかけるわよ!」

「ひぃっ……そ、そう言いたくなるのは分かるけど本当なんだよ! 万が一ギフトの発動条件を満たしたらちゃんと言うから、詳細は勘弁してくれないか?」


 まあ、ないだろうけど。そんな内心を抱えながらも下手したてに出る。

 発動条件をわざわざ口にするのは小っ恥ずかしいし、じつのところ、僕のギフトには気安く口にしたくないデメリット……というか、仕様のようなものがある。あまり深掘りして欲しくないのだ。


「うーん、よくわからないんですけど、ユーシアさんのギフトは全然つかえないダメな子ってことですか? せっかくギフトがあるのにかわいそうですね……」

「おい」


 とりあえず“使えない”ということが分かったのか、オルテンシアさんは可哀想なものを見る目で僕を見てきた。それを聞いたワカメが「ぷっ」と吹き出すように笑って、


「そうね、結局のところちょーっと動けるだけのヤツってことだもの。ほらオルテ、つかえないギフトを持ってるこいつを慰めてやりなさいよ。っふふ」

「え、あ、はい、任せてくださいっ! ユーシアさん、安心してください。いくらユーシアさんのギフトが、あってもなくても変わらないような役立たずな能力だったとしても、今さら見捨てたりはしませんよ! 正直ギフト持ちって聞いた時は期待してたのに思っていたよりも無能でショックでしたけど、私だってギフトなんかありません! 無能ギフトのせいで、実質、ギフト無しみたいな感じのユーシアさん! 似たもの同士頑張りましょうねっ!」


 スゥー……。

 これはさすがにわざとだろ。これがわざとじゃなかったら、もはやそういうギフト持ちだろ。【煽り】とかいう能力に違いない。


「痛ぁ!? な、なんでいきなり頭をぶつんですか!? ああっ痛い、痛いです! 頭頂部をチョップするのやめてください! ひ、ひどいです、ユーシアさん! やめ、やめてぇ~! もうワカメちゃんからもなんとか言ってくださいよ……!」

「……焚き付けておいてなんだけど、さすがに今のはオルテが悪いわ」

「ええッ!?」

「まあ、あんたもそのくらいにしときなさい。この子がこれ以上バカになったらどうするのよ」

「……それもそうだな。とりあえずオルテンシアさん、あんまり人のこと無能とか役立たずとか言わないように」

「ええっ!? わ、私そんなこと言いましたか!? というか、ワカメちゃん、バカだなんてひどいですよ!」

「そうね、どちらかといえばオルテはバカじゃなくてアホだものね」

「なにが違うんですかっ!?」


 再び始まったふたりの言い合いを尻目に、僕は席に座り直した。

 賑やか、騒がしい、そのどちらとも違う、やかましいと呼ぶべきやり取りを前にして溜め息がこぼれる。

 そんなとき、ひとつの救済の手が差し伸べられる。


「お待たせしました~カグラ鳥のてりやき定食です~」


 食欲をそそる香ばしい匂いに感化され、耳の下がじゅわっと染みた。

 宿のお姉さんの穏やかな声とともに僕の視界に飛び込んできたのは注文していた定食だ。

 ぶりぶりの鶏肉に甘しょっぱそうな油の輝きを放つタレ。旨いこと間違いなしの鳥料理の横には、一緒に搔き込んでくださいとばかりに数種類の野菜と鶏肉の欠片が入り混じった炊き込みご飯が盛られている。そして、ひっそりと添えられている口直しの漬物が、全体的に茶色い定食に彩りを与えていた。

 気だるげな気分が一瞬にして期待と興奮に満ち満ちる。


「めっちゃくちゃ美味しそう……!!」


 まわりも気にせず、心の声が口からこぼれ落ちる。

 それに同意を示すように、僕じゃない誰かがゴクリと喉を鳴らした。


「ありがとうございます。是非、味わって食べてくださいね」

「は、はい、もちろん……!」


 宿のお姉さんんは微笑ましそうに顔を綻ばせて、すぐにカウンターの方へと戻ってしまう。その可憐な後ろ姿を目で追っていると、


「んん~~~ッ! なにこれ、すっごい美味しいんですけど!? オルテ、あんたこんなの毎日食べてたの!?」

「ん~あむっ。ほふほふほふっ……っふふふ、そうですそうです! 宿のお姉さんの料理はさいきょーです! なんか聞いた話では別の街のお店で料理人をやってたらしいですよ! はふはふっ……ん~っおいしぃ~!」


 幸せそうなふたりの声に、慌てて定食に視線を戻す。

 だが、すでに遅かった。僕のカグラ鳥のてりやき定食は、当たり前のようにワカメとオルテンシアさんに啄まれてしまっていた。


「お、おまっ! これは僕が頼んだものだぞ!? や、やめろぉ! 肉を頬張るな! ご飯を搔き込むな!? 当然のように漬物で口直しして、さらに肉を口にするな! てか、そもそもどうしてフォークが三本もあるんだよ!?」


 宿のお姉さんがいらぬ気遣いをしてくれただろう。その心は嬉しいし素敵だと思うけど……だけどほんと今はいらない。

 それ、手ぶらの敵兵に槍を手渡しするような利敵行為だから。まさにこの瞬間も手にしたそれで鶏肉たちが殉職していってるから。


「もぐもぐ、はむはふ……うっさいわね、食事中くらい静かにしてなさいよもぐもぐ」

「そうですよユーシアさん、もぐもぐ、ごくん……それに早く食べないとなくなっちゃいますよ」

「あっ、オルテ! それはあたしが目をつけてたお肉よ! なに勝手に食べてるのよ!」

「そういうワカメちゃんだって、さっき私が食べようとしてたお肉取っていったじゃないですか! お互いさまです!」


 静止の訴えも意味をなさず、刻一刻と量を減らしていくカグラ鳥のてりやき定食たち。僕は慌ててフォークを手にして肉を突き刺し口に運んだ。

 ぢゅわぁ……。

 鶏肉の旨味に濃厚なタレが絡み合った至極の味が口の中に広がる。

 だがこれだけでは少々味が濃い。程よい味の調和を楽しむために、僕は肉と野菜の旨味が染み出した穀物を慌てて掬いあげる。


「~~~ッ」


 旨い。美味しすぎる。単純だがそれゆえに最強の言葉がこみ上げる

 空腹の身体に染み渡るのような満足感。頭の中にエネルギーが注がれているような充足感。僕の身体と心が喜び叫んでいるのが感じ取れた。

 しかし、後から訪れる風味を楽しんでいる暇などない。こうしているうちに僕のご飯は女ふたりの胃袋に呑まれているのだ。負けじと僕も食を急ぐ。


「これは僕の、だ……ッ! もぐもぐもぐもぐッ……!」


 とはいえ現実は非常であった。多少大盛りであっても、それはあくまでも一人前の定食。三人で競い合うように食せばそれが失くなるのは本当にあっという間だった。


「ああっ最後の肉! ユーシアあんた返しなさいよ!」

「ふっざけんな! お前は四切れ以上食べてたろ! 僕はこれで三切れだぞ! もう一回言うぞ、ふざけんな!」

「けぷっ……まあまあ、ワカメちゃんもユーシアさんも落ち着きましょうよ」

「「誰よりも肉を食べたおあんたが言うな!!」」


 結局のところ、代金を支払うのは僕だというのに一番食べられた量が少なかったのも僕だった。やはりスタートダッシュが遅れたのが痛い。


「というか、こんだけガッツリ食べるんなら少しは金払って欲しいんだけど?」


 お金を払ってくれるのならば、僕だってなにも文句はないのだ。

 だけど案の定というか……。


「無理よ、一文無しだもの」

「無理です! お金ないです!」

「こ、こいつらぁ……!」


 というか正直まだ食べ足りない。ただそれも当然のこと。定食のうち、三分の一以下しか食べられていないのだから。

 だが、ここでもう一品頼んでもこのふたりに施しをする羽目になるのは目に見えていた。そんでもって何度も言うが、今の僕だってそこまでお金に余裕があるわけでもない。


「ああもう! 行くぞ! ダスト団だっけか? 探すんだろ!?」

「ええ、まだ食べ足りないですよ!?」

「あたし、このビッグホーンのピリ辛ステーキっての食べたいんだけど」

「どうして僕がお前らに飯を奢らないといけな、い、ん、だ……? え、ピリ辛ステーキ? なにこれすごい美味しそう」


 ワカメが指先を落としたメニュー表の説明欄には、それはもう食欲を煽るような殺し文句が飾られていた。

 メニューに書かれたイラストは白黒のあっさりとしたものだったが、説明文によって脳内で彩りが補完され、よだれの出るような完成図を想像させてくる。

 それはそうとしてこんな経験はないだろうか。

 腹が減っているときに中途半端な量を食べたせいで余計に腹が減るような錯覚じみた経験を。つまりはそういうことだった。


「……お金を取り戻したら少しは返せよ?」

「覚えてたらちゃんと返します!」

「あたしは、うん、前向きに検討してあげるわ!」


 そのあと、僕らは奪い合うようにステーキを頬張ることになった。

 それを見ていた宿のお姉さん曰く、声を荒らげて肉を我が物としようとする僕らの姿は、得物を横取りしようと画策する小型の魔物の姿を思わせるものだったらしい。

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