行き遅れ聖女の背徳的背信活動

🎩鮎咲亜沙

行き遅れ聖女の背徳的背信活動~聖女セリア(25歳)の事情

「セリア先輩! 今夜の夜勤代わってください! お願いします!」


 ⋯⋯またか。


 そう私に頼み込むこの子は私の後輩の聖女である。

 まだ今年、聖女女学院を卒業したばかりの若くてピチピチの少女だ。


「またデートですか?」


「はい! そろそろ彼とは一線超えちゃうかなー、とか! てへへ」


 嬉しそうに笑って⋯⋯。

 まあいいか、恋は若者の特権だから。


「いいわよ、代わってあげる」


「ホント! ありがと、セリア先輩大好き!」


 ほんと調子いい奴だなこの子は。


 しかし長年こうして聖女としてこの国に仕えていると、こういう後輩は何人も見てきた訳だ。

 たしかに初めの頃はかなりムカついたが⋯⋯今となっては応援してあげたい気分だから不思議なものだ。


 まあこれも私がすでに25歳の聖女としてはかなりの年配になって、まだ一度も誰ともお付き合いしたことがないからだろうけど⋯⋯。


 うん、もう結婚は諦めたんだよ、私は!


 そして今夜も私の夜勤が決定したのだった。




 この国の聖女の役目はこの国から怪我人や病人をひとりでも多く救う事だ。


 しかし昔は私のような聖女は大きな街の教会とかに詰めていたために、助からない命が多かった。

 だが近年になって天才魔法具師の人が開発した遠隔魔法装置というものを世界の街の各地に設置している。

 そう、その装置を使えば私がここに居ながらにして遠くの街の怪我人や病人の治療を行う事が出来るのだ。


 その装置の事を開発者は『部位治癒棒ぶいちゆばー』と名付けたのだが⋯⋯なんでそんな名前なのかはよくわからない謎だった。




 ⋯⋯それはさておき。


 こうして私は自分のブースに座ってひたすら『部位治癒棒ぶいちゆばー』の前に患者が現れるのを待つだけだった。


「⋯⋯はあ、これで5人目か」


 今夜はまあ少ない方だった。


 と言っても怪我人とかではなく、深夜の酔っぱらいに酔い覚ましの魔法を『部位治癒棒ぶいちゆばー』を通して送るだけの簡単な仕事だ。


 患者の呼びかけが無ければ、姿、本を読んだりして暇つぶしは簡単だ。


 そして⋯⋯2時間が経過した。




「⋯⋯暇ね」


 持ってきた本を読みつくした。

 そうして感じたのは⋯⋯空腹だった。


「さっきの交信がまずかったわね⋯⋯」


 先ほどの患者はどうやら、どこかのラーメンの屋台の近くで倒れた酔っぱらいだったようだ。

 ラーメンの屋台特有のチャルメラホーンが『部位治癒棒ぶいちゆばー』を通してこっちにまで聞こえてきたのだ。


「⋯⋯めっちゃ腹減って来た」


 というわけで私は夜食を食べることにする。


 このブースには夜食用のカップ麺が大量に備蓄されているのだ!

 なお買い置きしている彼女は現在彼氏とデート中だ、少し貰っても構わんだろう。


「さーて! 夜っ食、夜っ食♪」


 パチンっ!


 この時私の服が『部位治癒棒ぶいちゆばー』の起動スイッチを押したことに気づかなかった⋯⋯。


 ◇◆◇◆ ◇◆◇◆ ◇◆◇◆ ◇◆◇◆


 同時刻、どこかの道端で⋯⋯。


「はあ⋯⋯今日も0時退社か、ウチはブラック企業だからな」


 そうボヤきながら歩く男が居た。


『夜っ食♪ 夜っ食♪』


「⋯⋯なんだ?」


 どこからともなく夜食のテーマソングが聞こえてくる。


 男が周りを見渡すと⋯⋯ぼんやりと輝く『部位治癒棒ぶいちゆばー』 からだった。


「『部位治癒棒ぶいちゆばー』からなんで歌声が?」


 その『部位治癒棒ぶいちゆばー』がどこかで待機している聖女と繋がっているのはこの国では常識だった。


 しかし⋯⋯歌う聖女が居るとは誰も思わなかったのだ。


『よし! 今夜はキミに決めた! カップ麺大盛サイズ・カレー味! こいつに決めたぜ!』


 ⋯⋯まったく女性らしくない喋り方である。

 しかし男にはその声に聞き覚えがあった。


「⋯⋯もしかしてこの声は、この国の大聖女セリア様じゃ?」


 そんな男の疑問は確信へと変わっていく⋯⋯。


『ふっふふ~ん♪ ポットのお湯をそっそいで~! 待つこと3分、でっきあがり~♪』


 ずるずるずる──!?


 思いっきり麺をすする音が聞こえてくるのだった。


 そしてこれを聞いているのはこの男だけではなかった。

 そう⋯⋯この国中の『部位治癒棒ぶいちゆばー』からこの音痴な聖女ソングは垂れ流しになっていたのだった。


『んーおいちい! でもチョイ物足りないな~! そだ! お餅も入れちゃえ!』


 それを聞いていた別の誰かは⋯⋯。


「こんな深夜にそれは食いすぎだ! 太るぞセリア様!」


 しかしセリアは言う事きかない。


「すっこし冷めたカレースープに、あっつあっつのお餅をとうにゅ~♪ さらにチーズもトッピングだ~!』


「バカな! やりすぎだ! そんな事しちゃいけない!」


 だが美味しそうにお餅を食べる音が『部位治癒棒ぶいちゆばー』から聞こえるのだった。


 それほど多くはなかったが深夜のこの時間にこの聖女セリアの背徳的行為を聞いてしまった者はそれなりに居た。




 そんなみんなの願いもむなしく、セリアはお餅を完食したようだ。


「⋯⋯きっとセリア様も大変なんだ。 たまにハメを外すくらい、いいじゃないか」


 そうセリアの隠れファンな人々が、その行為を許そうと思った時だった。


『あ! 』


 その声でようやくセリアが『部位治癒棒ぶいちゆばー』のスイッチを入れっぱなしなのに気づいたと思ったのだが!


『炊飯器の中に中途半端な量のご飯、はっけ~ん! 処分処分♪』


 ぼちゃ⋯⋯ぼちゃ⋯⋯。


 破滅的な音が聞こえてくる。


「まさか⋯⋯ラーメン食って、餅も食って、さらに⋯⋯ご飯まで! それはやりすぎだセリア様! やめるんだ! 取返しがつかなくなるぞ!」


 だがそんな言葉も届かず。


『うっまーい! ごちそうさま♡』


 ⋯⋯めっちゃ幸せそうな声だった。




 大聖女セリア(25歳)。

 長年この国の健康を維持するためにその身をささげた女。

 そのあんまりな姿に国民は涙するのだった⋯⋯。

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