第156話 プール納め

 12月30日。

 今日は、葵先輩に三人で街の温水プールへ行こうと誘われている日。

 現地集合ということらしいため、俺は競泳用の水着を持つと、約束の時間に間に合うようにプールのある建物の前までやって来た。


「あ、色人くん!おはよ〜」

「おはようございます、葵先輩」


 挨拶を返した後、俺は周囲を見渡して言う。


「一羽はまだ来てないんですか?」


 俺がそう聞くと、葵先輩は少し間を空けてから言った。


「色人くんとちょっとだけ二人で話したかったから、一羽ちゃんは三十分ぐらい遅れて来ることになってるの……もちろん、その旨は一羽ちゃんにも伝えてて、了承してくれてるよ」


 俺と二人で話したいこと……か。


「わかりました、行きましょう」

「うん!」


 俺たちは一緒に建物の中に入ると、それぞれで水着に着替えるとプールサイドに出た。

 葵先輩も俺と同様に、競泳用の水着を着ている。

 そして、互いに向き合うと────直後。

 葵先輩は、俺のことを抱きしめてきて言った。


「色人くん!あのね、昨日、一羽ちゃんの前ではお姉さんで居たいっていうのもあって、ちゃんと伝えられなかったことがあるんだけど……」


 続けて、俺のことを抱きしめながら俺と顔を向かい合わせて力強く言った。


「私、色人くんが水泳部に入ってくれるって言ってくれて、本当に嬉しかったの!私が今まで水泳をしてて一番楽しかったり嬉しかったりしたのは、色人くんと一緒に泳いでる時とか、色人くんが見守ってくれてる中で泳いでる時だったから……だから、本当にありがとう」

「葵先輩……」


 その想いに応えるように、葵先輩のことを抱きしめ返して言う。


「俺がしたくてしたことですから……それに、葵先輩と一緒に居たいと思ってるのは、俺も同じです」

「っ……!色人くん……!」


 俺の名前を呼ぶと、葵先輩はさらに俺のことを強く抱きしめてきた。

 俺も葵先輩のことを抱きしめる力を強めると、しばらくの間二人で抱きしめ合い続けた。

 そして、十分が経過した頃。

 俺たちは互いに抱きしめ合うのをやめると、葵先輩が言った。


「こうして色人くんと抱きしめ合うのもとっても良いけど、せっかくプールに来てるんだから泳がないとね〜!」

「そうですね……クリスマスでは負けてしまったので、今日こそ勝ちたいと思います」

「色人くん、意外と負けず嫌いだよね〜」


 と言うと、俺の耳元に顔を近づけてきて。


「そういうところも大好きだよ」

「っ……」


 囁くような声で言ってきた。

 それに反応している俺のことを見て小さく笑うと、葵先輩は一足先にプールの中に入って言う。


「ここ、今日でプール納めなんだ〜!だから、今年最後のプールは二人で全力で楽しく泳ごうよ!」

「そうですね」


 俺も葵先輩の後に続く形でプールに入ると、そこからは一羽が来る時間になるまでの間二人で競泳をし続けた。

 ……そして。


「そろそろ一羽ちゃんが来る時間かな〜、一羽ちゃんにはそのまま更衣室で着替えてプール来るよう言ってるから、私ちょっと更衣室行ってくるね」

「わかりました……それにしても、本当に夏の時と比べて速くなってますね」


 クリスマスの時よりかは前進したが、結局今日も葵先輩に勝つことはできなかった。

 そのため俺がそう伝えると、葵先輩は頬を赤く染めて言った。


「色人くんのおかげだよ、色人くんが居たから、私はここまで頑張れたの……ほら、愛の力ってやつかな」


 そう言うと、葵先輩は一度ウインクをしてきた。

 何にしても、それだけの努力ができる葵先輩のことを改めて尊敬していると、葵先輩は「じゃあ、待っててね!」と言って更衣室の中へと入って行った。

 それからしばらくすると────赤色のビキニを着た一羽と、競泳用の水着から白色のビキニに着替えている葵先輩が更衣室から出てきた。


「じゃ〜ん!どう?色人くん、いきなり私がビキニになっててビックリした?」

「……少しは」


 俺が短く返事をすると、葵先輩は楽しそうな表情をした。

 続けて、一羽が頬を赤く染めながら恥ずかしそうに言う。


「水着着るのも色人の前で水着着るのも夏以来だからちょっと恥ずかしいんだけど……ど、どこかおかしなところとかない?」

「あぁ、おかしなところなんてない、よく似合ってる」

「っ……!」


 俺がそう伝えると、一羽は嬉しそうな表情をした。


「……」


 一羽がビキニタイプの水着を着てくるのは良い、が。


「どれぐらい泳ぐのかの時間にもよりますけど、葵先輩はもし本気で泳ぐつもりならビキニじゃなくて競泳用水着の方が良いんじゃないですか?前みたいに、また背中の紐が外れるかもしれません」

「え!?そ、そんなことあったの!?」

「確かにそうかもしれないけど、一羽ちゃんはもちろん良いとして、色人くんにだってもう全部見られてるんだから胸見えちゃっても気にしなくて良くない?」

「そういう問題じゃないから!!」

「え〜?」


 それから、二人と一緒に楽しく泳いだり、遊んだりをし始めると────本当に葵先輩の背中の紐が外れてしまったりして大変なこともあったが、前回と違って一羽が居てくれたため、すぐに紐を結び直してくれ事なきを得ると、その後も三人で楽しく過ごした。

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