第144話 真霧の家
11月も中旬となったある日の休日。
俺が冷蔵庫から取り出した食材をキッチンに並べていると、家の中にインターホンの音が響いた。
「来たか」
小さく呟いた俺は、一度キッチンを離れると玄関に向かう。
そして、靴を履いてそのドアを開けると、その先には────
「お、お邪魔します!」
「お邪魔しま〜す!」
緊張した様子の一羽と、いつも以上に楽しそうにしている葵先輩の姿があった。
「あぁ、二人とも上がってくれ」
そう言って二人のことを家に招くと、葵先輩が大きな声で言う。
「ここが色人くんの家なんだ〜!男の子の家って初めて入ったけど、玄関から色人くんっぽい感じの家で良いね〜!」
「俺っぽい……ですか?」
「うん!落ち着いた感じっていうのかな?整理整頓もされてるし、流石色人くんって感じだよ!」
葵先輩は心底楽しそうで何より……だが、反対に。
「い、色人の、お家……」
一羽は、少し頬を赤く染めて、緊張した様子で俺の家の玄関を見渡していた。
「一羽、大丈夫か?」
「えっ!?な、な、何が!?全然大丈夫だよ!?」
大丈夫かと聞いただけでそこまでオーバーなリアクションをされてしまっては、その言葉を鵜呑みにすることは難しい。
「初めての異性の家で緊張する気持ちはわかるが、俺たちはもう恋人同士なんだからそこまで硬くならなくていい」
「う、うん……!」
俺なりに一羽の緊張を解すためにそう伝えたつもりだったが、葵先輩がそんな俺に向けて言った。
「色人くんにしては頑張ったけど、一羽ちゃんが緊張してるのは、むしろ恋人同士になったからっていう方が大きな理由だと思うよ?」
「恋人同士になったから……ですか?」
「うん、男の子の家に行くって言っても、男友達の家に行くのと恋人の家に行くのとじゃ全然感覚が違ってくるんだよね……友達だったらしないようなことでも、恋人だったらするかもしれないでしょ?だから、いざそういうことになるかもしれないって考えると緊張しちゃうんだよ、私は二人よりもお姉さんだから大丈夫だけどね!」
明るく言った葵先輩は、一度ウインクをした。
友達だったらしないようなことでも、恋人だったらするかもしれない……そういうことか。
俺は改めて、一羽と向き直って伝える。
「今日は、あくまでも俺の作った料理を二人に振る舞うだけで、それ以上の何かをするようなつもりは無いから、安心して過ごして欲しい」
その言葉を受けた七星は、小さく声を上げると慌てた様子で首を振って言った。
「勘違いしないで欲しいんだけど、私別に不安なわけじゃ無いからね!?色人にだったらどんなことされても良いし、ていうかしたいし……ただ、私大体のことは軽いけど、色人のことは本当に大好きだから、その分ちょっとその時のこと想像しちゃったら緊張しちゃうってだけで……とにかく!私、色人のこと大好きだから!!」
力強く言う一羽の言葉を聞き届けると、俺は一羽のことを抱きしめて言った。
「あぁ、そんなことはもうわかってる……俺がどれだけ拒絶しても、七星は俺と関わることをやめなかったからな……そのおかげで今があるから、そのことは本当によくわかってる」
「色人……!」
俺の名前を呼ぶと、一羽は俺のことを抱きしめ返してきた。
すると、葵先輩が一羽の頭を撫でて、とても優しい声色で言う。
「そうそう、そんなこと色人くんも、当然私もわかってるよ……本当、一羽ちゃんは可愛いんだから」
それから、しばらくの間そうしていると、やがれ俺と一羽は抱きしめ合うのをやめ、葵先輩も一羽の頭から手を離した。
すると、葵先輩は俺に向けて両手を広げて言った。
「私も色人くんと抱きしめ合いたくなっちゃったから、ちょっとだけ良い?」
「はい」
その葵先輩の要望に答える形で、俺が葵先輩と抱きしめ合うと、今度は一羽が葵先輩の頭を撫でた。
「一羽ちゃん、お姉さんの頭撫でるなんて結構やるね〜」
「えへへ、さっきのお返しです」
「……たまには、撫でられる側も悪くないね」
それから少しの間、俺は幸せそうにしている二人と一緒に、俺も幸せを感じながら玄関で静かな時間を過ごした。
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