第141話 告白の返事

「告白の、返事……」

「……やっぱり、そういう話だよね」


 俺の言葉を聞いた二人は、少し緊張感の走った様子だったけど、やはり予想はついていたらしいため、そこまで驚いたりはしていなかった。


「はい……でも、告白の返事をする前に、改めて謝らせて欲しい」


 そう言うと、俺は二人に向けて頭を下げて、謝罪の言葉を口にする。


「俺が目立ちたくないという身勝手な理由で、色々と事を複雑化させてしまったこと、本当に悪かった」

「っ……!い、色人!そんなことで頭なんて下げなくていいよ!私何も気にしてないから!!」

「うんうん、色人くんのこと大好きな私たちからしたら、本当にそんなこと気になってないから色人くんも気にしなくていいよ」


 ……そうだったな。

 七星は、霧真人色という偽りの存在で今まで七星と接してきた俺のことを受け入れてくれた。

 水城先輩も、もし七星と水城先輩の二人の好きな人が同一人物だと知った時、二人の仲が悪くなってしまうかもしれないと俺が危惧していた時、そうはならないと俺の心情を気遣ってくれた。

 そんな二人だから、俺は……とはいえ。

 俺は、下げていた頭を上げて口を開いて言う。


「二人の優しさに甘えて、俺の身勝手に巻き込んでしまった二人に何も説明しないのはよくないと思うし、告白する前に今までの俺の行動原理の核となる部分を伝えておくべきだと思ったから、どうして俺が今まで目立たないようにして来たのかを二人に伝えさせて欲しい」

「わかったよ、少しでも色人くんのこと知りたいから純粋に気になるしね」

「私もです!」

「説明すると言っても、明るい話ではないから長々と話すつもりはないが……一言で言えば、トラウマがある」

「トラウマ……」

「……色人くん、時々しんどそうにしてることがあったけど、それもそのトラウマっていうのが原因なの?」


 そう聞いて来た水城先輩に対して、俺は頷いて言う。


「はい、普段生活していて頭から離れないようなことは無いですけど、似た状況やそれに付随する言葉が出て来たりするとその時のことを思い出して、少し精神的に苦しくなります」


 その俺の言葉を聞いた七星は、暗い声色で言う。


「そうだったんだ……私、色人がしんどそうにしてる時、そんなに苦しんでたんだって気付いてあげられてたら、もっと……」

「俺はそのことを今の今まで隠してたんだ、七星は何も悪くない……むしろ、七星や水城先輩が俺のことを気遣ってくれたおかげで、俺は何度も救われてるんだ……だから、本当に感謝してる」

「色人……」

「色人くん……」


 七星は何も悪くないのは大前提として、その上で二人に心からのお礼を伝えると、次にようやく本題に入って言う。


「今から、俺のトラウマの内容について話そうと思うが……俺は中学の時、通常より少し遅くにバスケットボール部に入ったんだ」


 あまり思い出したくは無いことだが、俺はその時の記憶を掘り起こしながら言葉を紡ぐ。


「俺が入った時のその部はとても和気藹々としていて、一応勝利は目指すが試合に負けても楽しければそれで良いっていう雰囲気だった……そういうことならと、俺もその部の雰囲気に合わせて勝利を目指しすぎずあくまでも部の雰囲気を重んじて部活動に励むことにした……が、一つ問題があった」

「問題……?」

「こんなことを自分で言うのは憚られるが、俺は平均的な人よりも運動神経が優れていて、今までやったことの無かったバスケットボールでもすぐに上手くなった……最初はチームメイトたちもそのことを褒めてくれていたが、問題というのは俺がことなんだ」


 俺の話を真剣な表情で聞いている二人に、俺は続けて言う。


「ある時チームメイトたちは、俺にボールを回せば確実に点が入ることに気が付いた……試合に負けても楽しければ良いとはいえ、勝利を目指さないわけでは無いから、そうなると必然的に俺にボールが回ってくる……結果、試合には勝ち続けたが、その頃には入部時の和気藹々とした雰囲気なんていうものは消えていて、ただ俺にボールを回すだけの作業を行うといった機械的な雰囲気になっていた」


 その時の光景を思い出すと、自然と俺は少しだけ顔を俯けてしまったが、それでもどうにか最後まで話す。


「俺が入部したせいでそんなことになってしまったならと、俺は退部して、そこからは徹底的に目立たないように決めた……前髪は長くして顔を隠し、テストでは平均の順位を取り、スポーツでも平均……だから、俺のトラウマというのは部一つを俺のせいで壊してしまったことで、俺が目立たないようにしていたのもそれが理由だ」


 俺が全てを伝え終えると、その直後────七星は、俺のことを抱きしめてきた。


「な、七星?」


 抱きしめられたことで思わず顔を上げると、七星は涙声で言う。


「色人!!辛かったね、色人……私、私は絶対、ずっと、色人の味方だから!!」

「七星……」


 そう涙を流して俺のことを抱きしめてくる七星の後ろで、水城先輩は明らかに怒っている様子で言った。


「色人くんは本当に優しいよね、私だったらそんな奴らのことなんて全く気にしないよ……そんな下らない理由で色人くんのこと傷付けて……色人くんは絶対に何も悪くないよ、私が保証してあげる」

「水城先輩……」

「うん!!色人は絶対何も悪くない!!」

「……」


 あの部の機械的な雰囲気を思い出した直後だからか、二人の言葉や俺に向けられる感情が、とても温かい。


「七星……悪いが、離れてくれるか?俺は……事前に伝えるべきことは全て伝えたから、あとは二人に返事をしたいんだ」

「っ!うん、わかった……!」


 七星は俺のことを抱きしめるのをやめると、目元の涙を拭って改めて俺と向かい合った。

 すると、俺は今言った通り返事のための言葉を伝える。


「今話したようなことがあってから、俺は目立つことじゃなくて人と関わることも避けてきた……そうすれば、誰も傷付けなくて済むと思って……だが、実際は、誰かを傷つけてしまうことで、俺が傷付きたくなかっただけなんだと思う……本当に、どうしようもない人間だ────だが、そんな俺に、最近では二人、過ごしていてとても楽しいと思える人が出来た」


 そう言うと、俺は七星と水城先輩の顔を見た。


「俺がどれだけ避けても、押し返しても、苦しんでいても……俺と向き合い続けてくれる、俺にとって本当に大切な二人だ……何度も悩んで、迷ったが、俺にはその二人のどちらかだけを選ぶことなんてできなかった……二人に、笑ってて欲しいと思ったから……二人に、俺の隣で、笑っていてほしいと思ったから……俺なんかには分不相応な二人だとわかってる……それでも」


 俺は少し間を空けてから、二人への告白の返事の言葉を口にした。


「俺は、七星一羽と水城葵が好きだ……だから、これからもずっと、二人と一緒に過ごしていきたい」

「っ……!色人!!」

「色人くん……!!」


 返事を最後まで聞き届けた二人は俺の名前を口にすると、涙を流しながら俺の方に駆け寄ってきて、俺のことを抱きしめてきて言った。


「大好きだよ、色人!!」

「大好きだよ、色人くん!!」


 そう言ってくれる二人のことを、俺は抱きしめ返す。

 ────ようやく、伝えることができたな……俺の気持ちを。

 その後、俺はしばらくの間、涙を流し続けながら俺のことを抱きしめてくる七星と水城先輩のことを、優しく抱きしめ続けた。

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