第138話 甘えちゃうしか

◇真霧side◇

 ────修学旅行二日目。

 今日は全体的に二年生と合同で移動する日で、加えて自由時間が午前と午後に分けて二回ある日だ。

 自由行動が二回あるということで、どこか生徒たちの学習姿勢も昨日より良いと感じながらも、文化学習の時間を終えると、早速午前の自由時間がやって来た。

 すると、七星の友達が言う。


「終わった〜!早速昨日は見れなかったところとか回ろっか〜!」

「だね、今日は一羽も一緒だし」

「うん!色人、また後でね!」

「あぁ」


 俺が短く返事をすると、七星は友達二人と一緒に街の方に向けて楽しそうに歩いて行った。

 七星は昨日の自由時間に俺と過ごしたため、今日の午前の自由時間は友達と一緒に過ごすこととなっていた。

 ちなみに、午後の自由時間は俺と七星、水城先輩の三人で過ごす約束となっている。

 三人の背中を見届けた後で、班員の男子生徒が俺に向けて口を開いて言った。


「よしっ!真霧!今日こそ俺と唐揚げ────」

「悪いな、先約があるから、また帰ってからでも誘ってくれ」

「っ!予定があるなら仕方ねえか……わかったぜ!帰ってから、とっておきの特製唐揚げ店教えてやる!!」

「楽しみにしておく」


 男子生徒の唐揚げに込める思いも受け取りながらそう返事をすると、俺は水城先輩との待ち合わせ場所に向かった。

 すると────


「あ!色人くん!」


 どうやら、同じタイミングで待ち合わせ場所に到着したらしく、俺のことを見つけた水城先輩は嬉しそうに俺の方に駆け寄ってきて言った。


「予想通り昨日は全然話せなかったけど、色人くん私のこと恋しかったかな〜?な〜んて!」


 続けて、俺のことを優しく抱きしめてくると、優しい声色で言った。


「私の方が、色人くんのこと恋しかったよ……色人くん……」


 俺の名前を呼ぶと、さらに抱きしめる力を強める。

 ……他人の心というものは、本来であれば直接的に感じることは難しいものだと思われるが────今は、水城先輩の温かい気持ちが、俺の心に直接流れ込んでくるような感覚をハッキリと感じた。


「……」

「……」


 やがて、水城先輩は俺のことを抱きしめるのをやめると、明るい表情で言った。


「うん!とりあえず、今はこのくらいで満足しておいてあげるね〜!じゃあ、街の方行こっか!」

「わかりました」


 ということで、俺と水城先輩は二人で横並びになって和の街を歩き始める。


「色人くんは、こういう雰囲気のところ歩くの好き?」

「はい、こういう和の落ち着いた雰囲気は好きです」

「そっか〜!私は────色人くんが好き」

「っ……」


 今の流れでそんなことを言われるとは予想もしていなかった俺は、優しい声色で放たれた水城先輩の言葉に思わず驚く。

 水城先輩は俺の右隣を歩きながら俺の顔を覗き込むようにして言った。


「不意打ちで驚いた?だけど、別にからかったわけじゃないよ?私は本当に、どんなところでも……大好きな色人くんと隣を歩けるなら、それだけで幸せなんだよね」


 そう言った水城先輩だったが、少し間を空けてから首を横に振って言った。


「ううん、かっこつけて嘘吐いちゃった……本当は隣を歩くだけじゃなくて……色人くんと、手とか繋ぎた────あ〜!これ、色人くんが返事くれるまで我慢しようって決めてたのに!もう……本当、私って情けないね」


 今の俺が水城先輩とそんなことをする資格があるのかはわからない……が。

 自らを情けないと言う水城先輩にそうでは無いと伝える方法を俺はこれ以外に思いつかなかったため、俺は右手で水城先輩の左手を握って言った。


「っ!?色人く────」

「水城先輩は、いつでもどこでも俺にとってかっこいい先輩です……だから、もう自分を情けないなんて言わないでください」


 俺がそう伝えると、水城先輩は俺に握られている左手で、俺の手を握り返すかどうか迷っているように動かしながら言う。


「ダ、ダメだよ、我慢するって決めてたのに、色人くんの方からそんなことされちゃったら、私……甘えちゃうしか、無くなっちゃうよ……」


 頬を赤く染めて言うと、水城先輩は俺の手を握り返してきた。

 そうして俺たちが手を繋ぐと、水城先輩が優しい声色で言った。


「色人くんの手、大きいね……私、この手も、色人くんの体も、色人くんのことも……全部、全部大好き……この幸せな時間が、ずっと……」


 そう呟くと、水城先輩は俺の手を握る力を少し強めた。

 ……俺のことを好きだと言ってくれる水城先輩に、今すぐにでも伝えたい言葉があったが、七星の時同様それはまだ伝えられないため、俺はその水城先輩からの言葉を静かに受け取った。

 それから、俺たちは手を繋いで街を見て回り、楽しく話しながらも美味しいものもしっかりと食べて過ごした。

 こうして、午前の水城先輩と二人きりの自由時間は終了し────いよいよ、修学旅行最後の自由時間がやって来る。

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