第127話 思い

 ────放課後になると、七星が俺の席までやって来て言った。


「はぁ、せっかく色人が同じ学校の同じクラスだってわかったから、このまま放課後も一緒に過ごしたかったけど、今日私撮影があるんだよね……」

「そうか」

「それで、今から撮影現場に向かおうとしてるんだけど────色人が応援してくれたら嬉しいな〜って思って」

「そうか……そういうことなら、撮影は疲れるだろうが、頑張ってくれ」


 俺が要望通り、になっているのかわからないが七星にそう伝えると、七星は嬉しそうな声を上げて言った。


「っ!うん!ありがとう!……終わったら、色人にメッセージ送ってもいい?」

「あぁ」

「やった〜!じゃあ私、色人のこと考えて頑張ってくるね!!」


 そう言うと、七星はとても嬉しそうな様子のまま、教室の外へと出て行った。

 ……別に俺のことを考えて欲しいとは言っていないが、七星がそれでやる気が出ると言うのであればそれで良いだろう。

 俺は、今日は特に予定が無いため帰ろうと思い席を立ち、教室の外へ出ようとした────その時。


「わっ!?色人くん!?」


 ちょうど俺のクラスの教室に入ろうとして来ていた水城先輩と鉢合わせた。


「水城先輩、俺のクラスに何か用事ですか?」

「もう、相変わらず鈍いんだから〜!私がこのクラスにわざわざ来る理由なんて、色人くんに会いに来る以外無いでしょ?」

「……そうですか」


 水城先輩は、俺の反応を見て楽しそうにしていると、俺に近付いて聞いてきた。


「色人くん、今日これから何か予定とかあるの?」

「ありません」

「それなら、色々と話したいこともあるから、これからちょっと私に付き合ってくれない?」

「わかりました」


 色々と話したいことがある、と、このタイミングで言われて断るなんてことはできないし、そもそも予定も無いのに水城先輩の誘いを断る理由なんて、今の俺には無かったため頷くと、水城先輩は楽しそうな表情で言った。


「ありがとっ!じゃあ行こっか!」

「はい」


 それから、俺は水城先輩について行くと────水城先輩に連れてこられたのは、特待別世高校にある屋内プールだった。

 そして、少しの間水城先輩が更衣室で着替え終えるのを待っていると────


「じゃじゃ〜ん!久しぶりのお姉さんの水着姿だよ〜?」

「……そうですね」

「もう〜!相変わらず反応薄いんだから〜!それとも、久しぶりにお姉さんの大人びた体つき見て照れちゃってるのかな?」


 そんなことを言いながらも、水城先輩は次にプールの方に視線を向けて言う。


「このプール、今みたいな寒い時期は温水プールになってるから、ちゃんと泳げるようになってるんだよね」

「なるほど……それは便利ですね」

「うん!それで────」


 続けて、水城先輩は再度俺と目を合わせて真剣な表情で言った。


「今から一回泳ぐから、良かったら一回見てくれないかな?……私が夏からどのぐらい成長したのかを、色人くんに見て欲しいの」

「……わかりました、しっかりと見させてもらいます」

「ありがとう」


 小さく微笑んでそう言うと、水城先輩はプールの中に入った。

 最後に水城先輩の泳ぎを見たのは8月の最初の方だったから、あれからちょうど二ヶ月ぐらいか。

 水城先輩は、夏休みの間だけでも大幅に成長していたため、夏休みほど時間に自由が無くとも、二ヶ月という期間があれば目に見える成長をしている可能性は十分ある。

 俺がそんなことを思っていると、水城先輩が泳ぎ始めた────すると。


「っ……」


 目に見える成長をしている可能性は十分ある、なんて思っていた俺の考えを吹き飛ばすかのように、水城先輩は前とは比べられないほどに速くなっていた。

 そして、水城先輩はあっという間に50メートルを泳ぎ切って、俺の居るプールサイドに上がってくると、俺に聞いてくる。


「どうだった?」

「……正直、予想以上に速かったです」

「良かった〜!色人くんにそう言って欲しくて、結構頑張ったんだよね……細かいフォームの調整とか、あとは色人くんに教えてもらったジムでのトレーニングとか……色人くんを好きになる前の私だったらここまで頑張れなかったと思う────だけど……色人くん」


 水城先輩は、俺に近付いてくると、俺の目を真っ直ぐと見て言った。


「改めて伝えるよ……これが、私が色人くんのことを大好きな気持ち……私は、色人くんのことが本当に大好きなの……ただこれを伝えるためだけにここまで泳ぐの頑張ったなんて言ったら、皆んなに笑われちゃうかな?」

「っ……」


 俺は、そう言う水城先輩のことを、思わず抱きしめる。


「い、色人くん!?私、今濡れて────」

「俺は、水城先輩の努力を尊敬して、とても魅力的だと思っています……だから、他の誰が笑っても、俺は絶対に笑ったりしません」

「っ……!」


 俺がそう伝えると、水城先輩は静かに俺のことを抱きしめ返してきた。


「色人くん……大好きだよ」


 水城先輩とこうして抱きしめ合っている今、俺は────これまで、俺への思いを持って努力し続け、その努力の結晶を見せてくれた水城先輩のこの思いを、いつまでも感じていたいと思った。

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