第100話 好きな人……です

「へぇ〜!そうなんだ!まぁ、色人くんかっこいいから、髪上げちゃったりしたらそれはモテモテになっちゃうよね〜!」


 一瞬いつもと雰囲気が違うように見えた水城先輩だったが、すぐにいつも通りの調子でそう言った。


「え〜!葵先輩みたいな美人から見ても、やっぱり真霧って髪上げたらかっこいいんですか?」

「もう〜!七星ちゃんは本当口上手なんだから!でも、色人くんは本当にかっこいいと思うよ!」


 その後も、二人は俺に関する話を続けていた。

 ……水城先輩の雰囲気が、一瞬とはいえいつもと違ったことは俺の中でまだ気になっていたが、七星が話題を変えるように言った。


「そういえば、ちょっと話戻るんですけど、葵先輩のクラスは文化祭どんな出し物するんですか?」

「私のクラスは、お化け屋敷!」

「お、お化け屋敷!?葵先輩のクラスの出し物は絶対行くって決めてましたけど、私ホラーとか苦手なんですよね……」

「そうなんだ〜!でも、だからこそ良いんじゃない?」

「え……?」


 水城先輩の言葉に七星が困惑していると、水城先輩が言った。


「前七星ちゃん、気になる人が居るって言ってたでしょ?」

「はい……でも、今はもう、好きな人……です」


 七星が頬を赤く染めて恥ずかしそうにしながら言うと、水城先輩はニヤニヤしながら言った。


「うんうん、好きな人ね!その七星ちゃんの好きな人って、ホラーとか苦手そうな感じの人なの?」

「い、いえ……むしろ、驚いてるのも想像できないぐらい落ち着いてる人です」


 俺だって驚くことぐらいはあるが、確かにホラー系統のもので驚いたりすることは今までほとんど無かったため、少なくとも苦手では無いだろう。


「だったら、その七星ちゃんの好きな人と一緒に私のクラスのお化け屋敷来たらどうかな?」

「え!?わ、私の好きな人と、ですか?」

「うん、もしかしたら怖がってる七星ちゃんと手繋いでくれたり、怖がってる七星ちゃんのことをその人が後ろから抱きしめてくれるかもしれないよ?」

「っ……!」


 七星は、感銘を受けたような表情をしている。

 いや、感銘を受けないでくれ。

 悪いが、そんな期待をされても、学校の文化祭で手を繋いだり、抱きしめたりなんて俺はしないからな。

 俺にしか聞こえない心の声でそう伝えると、七星が目をキラキラさせて言った。


「私、好きな人のこと文化祭に誘って、一緒にお化け屋敷行きたいと思います!」

「良いね〜!あ、そろそろチャイムなっちゃうから私行くね!文化祭の準備とか色々大変だと思うけど、頑張ってね!」

「はい!葵先輩も頑張ってください!」

「色人くんも、またね!」

「はい、また」


 そう話を終えると、水城先輩は俺たちに手を振ってこの教室を後にした。

 直後、七星が大きな声で叫んだ。


「あ〜!文化祭楽しみだな〜!あの人とお化け屋敷行くなんて全然考えてなかったけど、よく考えたら好きな人とお化け屋敷行くのとか定番だしアリだよね!」

「そう……かもな」

「ね〜!早く文化祭当日にならないかな〜!」


 そんなことを言いながら自らの席に戻って行く七星の背中を、俺は見届けた。

 ……水城先輩の雰囲気が一瞬変わったこと、そのことが、何故か俺の頭の中から離れなかった。



◇水城side◇

 自分のクラスの教室へ向かいながら、水城は七星の言葉を脳内で反芻する。


「────そこで真霧が髪を上げた途端にクラスの女子みんな真霧に興味持ち始めちゃって、超大変だったんですよ!」

「クラスの女の子たちが、色人くんに興味……」


 その言葉を思い出す度に、水城は今まで感じたことのない何かを感じ取る。


「色人くんが少しでも前に進もうとして、その結果クラスの子たちと仲良くなったんだったら、それは良いことだよ……私もお姉さんとして喜んであげないといけないのに……どうして、こんなにモヤモヤするんだろ……私、嫌な女なのかな……」


 嫉妬なのか、焦燥感なのか、モヤモヤの正体は定かでは無いが、水城はある一つの気持ちを求めて自らの胸元に触れる。


「……こんな気持ちの時でも、色人くんのことが好きだって気持ちだけはちゃんと感じる……色人くん、大好きだよ……」


 モヤモヤしてしまうのも、愛の大きさの裏返し。

 表面上はまだ抑えることができているが────その愛を抑えることができずに溢れさせてしまうのは、もはや時間の問題だった。

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