第92話 重要

「────花火、綺麗でしたね!」


 花火大会が終わった、その帰り道。

 俺の隣を歩いている七星が、明るい声でそう言った。


「……あぁ、そうだな」


 俺は頷いてそう返事をする。

 正直花火なんて目に映ってはいたものの眼中に無いという不思議な状態に陥っていたが、七星が花火を綺麗だと言っているのにそんなことを言うわけにもいかない。

 俺がそんなことを思っていると、七星が口を開いて言う。


「人色さん、花火の綺麗さに見惚れて、私が花火直前に言ったこと忘れてないですよね?なんて、忘れてても何度でも言ってあげますけど!」


 そう言うと、七星は少し小走りして俺の前に出ると俺と向かい合って電灯の光る夜道で俺に向けて言った。


「私、人色さんのことが大好きです!もちろん、一人の男の人として!!」


 改めて笑顔でそう言ってくる七星に対して、俺は一体自分でもどんな感情を抱いているのかわからなかった。

 七星が俺のことを気になる人と言っていたのは真霧色人として接していてわかっていた……が、まさかそれが恋愛、それも告白されるほどに俺のことを好きなのだとは思いもしていなかったため、今は本当に自分自身ですら自分自身のことがわからない。


「……悪いな、こういうとき何か言うべきなんだろうが、人に告白されるのが初めてで何をどう言えばいいのか俺の言語能力、経験値ではわからないんだ」

「え!?こ、告白されるのが初めてって、え!?じょ、冗談ですよね!?」


 何故かとても驚いた様子で言う七星に対して、俺は首を横に振って言う。


「冗談じゃない、本当だ」

「え〜!?私が人色さんと同じ学校だったら絶対好きになって絶対告白してます!ていうか今告白しましたし!あ〜!ていうか夏休み終わったらこうして人色さんと会える機会も減っちゃうんですよね〜!人色さんと同じ学校だったら良かったのに〜!」

「何を言ってるんだ?俺たちは────」


 そう言いかけたとき、俺はその続きを言うのをやめた。

 そうだ……最近七星とたくさんの時間を過ごして、距離が縮まったような気がしていたから忘れてしまっていたが────俺は、七星に自らのことを偽っているんだ。


「……人色さん?」


 ……もし霧真人色という存在が嘘の存在だと知ったら、七星はどう思うんだ?

 悲しんで、幻滅して────俺から離れて行くのか?


「人色さん?大丈夫ですか?」


 大体、俺は霧真人色という嘘の存在で、一体どれだけ七星のことを……そんな俺に、七星に告白される資格なんて────


「人色さん!!」


 俺が過去のことや現在俺が今七星にしていることなどを考えて気分がかなり沈んでいたが、七星の大きな声で俺の名前を呼ぶ声によってその声にだけ意識が向いて、その次の瞬間には七星が俺のことを抱きしめてきて言った。


「私、これまで人色さんにはたくさん助けてもらいました……だから、人色さんが辛い思いをしてるなら、今度は人色さんが私に助けを求めてください……私、大好きな人色さんのためだったら、どんなことだってできるんですよ?」

「七星……」


 こんな風に感じてはいけないとわかっているはずなのに────どうして七星と一緒に居ると、こんなにも心が落ち着くんだろう。

 それから七星は俺のことをしばらく抱きしめ続けてくれると、やがて俺から腕を離して言った。


「もう大丈夫ですか?人色さん」

「あぁ……悪いな、好きだと伝えてもらった直後に、こんなところを見せて」


 そう謝罪した俺だったが、七星は首を横に振って言う。


「私は、人色さんのそういうところも含めて大好きなんです!」


 ……他にも色々と言うべきことはあるんだろうが、俺はひとまず今一番思っていることを伝えることにした。


「────俺を好きだと言ってくれて、ありがとう」

「っ……!これからだって、何度でも言いますから!覚悟しててくださいね!!」


 その後、俺は七星のことをマンション前まで送ると、家に帰って今日の七星との夏祭りを思い返しながら眠ることにした。



◇七星side◇

 家に帰って自室に入った七星は、直後そのまま膝から崩れ落ちると、頬を赤く染めながら自らの口元を両手で覆い呟く。


「告白できた、告白できた、告白できた……!」


 とても嬉しそうにそう連呼した七星は、それから少しの間とても満足そうな表情をしていた────が、その途中であることに気が付く。


「……あれ?私……告白することだけに意識向けすぎて、付き合ってくださいって言ってなくない……?」


 重要なことを言い忘れてしまったことに気が付いた七星は────


「あ〜!!私のバカ〜!!もう!!何してるの!?せっかく告白したのに!!あの雰囲気が良かったのに〜!!あ〜!!」


 ベッドに飛び込むと、しばらくの間ベッド中を転がり回ったり足をバタバタさせたりしながら叫び続けた────その数日後。

 いよいよ、夏休みは終わりを迎え、二学期が始まろうとしていた。

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