第87話 君と共有したいな

◇真霧side◇

「────ここですか?」


 俺は、オシャレな外観の前で足をとめた水城先輩に向けてそう聞くと、水城先輩が力強く頷いて言った。


「そう!ここが私のオススメのパスタのお店!」


 ということで、俺と水城先輩は二人で一緒に店内に入ると、二人で席の前までやって来た。

 席には、テーブルを挟んで向かい合うように長椅子が置かれている。


「……対面じゃなくて、隣でもいい?」

「はい」

「ありがと!」


 お礼を言われることではないと思った俺だったが、そんなことはわざわざ口にせず水城先輩と隣り合わせになるように座ると、俺は店内を見渡して言う。


「それにしても、かなりオシャレな店内ですね」

「でしょ〜?色人くんみたいなかっこいい男の子と来るなら、味とか見栄えとかでもここが良いかな〜って」

「今日はヘアセットもしてなくて、服もそこまで気にしてないのでかっこいいかと言われればそんなことは無いと思います……ヘアセットとかして来た方が良かったですか?」

「ううん?もちろんヘアセットとか服とか気にしたら君の見た目はもっとかっこよくなるけど、お姉さんは君自身のことが容姿性格全て含めてかっこいいと思ってるからそんなの気にならないよ」


 水城先輩は、平然とした様子でそう言った。

 俺、自身を……思えば、俺は水城先輩の前ではもはや何も偽っていない。

 名前も、姿も、過去……は詳細に話したわけではないが、それでも最低限は打ち明けている。

 そんな水城先輩からのその言葉は────少し、胸に響いた。


「……ありがとうございます、水城先輩」


 俺がそう伝えると、水城先輩は少し間を空けてから俺のことを優しく抱きしめてきてとても優しい声色で言った。


「私は、君が頑張って自分のことを教えてくれたあの日から、君のことをたくさん褒めてあげるって決めたの……だから、そんなことでお礼なんて言わなくていいの」

「……わかりました」


 そう返事をすると、水城先輩は何も言わずに俺に笑顔を向けた。

 ……時々感じる、水城先輩の年上の人としての部分の魅力を俺が今一度感じていると、水城先輩が言った。


「そろそろ注文しないとね、私はボロネーゼにするけど、色人くんはどれがいい?」

「せっかく水城先輩のオススメでこの店に来たので、水城先輩がボロネーゼを頼むなら俺もボロネーゼにします」

「おっけ〜!じゃあ頼んじゃうね〜」


 そう言うと、水城先輩は店員のことを呼んでボロネーゼのパスタを二つ注文した……それから数分後、二人分のパスタが届くと俺たちは早速それに口を付ける。


「やっぱり美味しい〜!色人くんはどう?美味しくない?」

「水城先輩がオススメしてくれるだけあって、美味しいです」

「だよねだよね!?」


 トマト味と肉の味がちょうど良い具合に舌に纏わりつく、まさにボロネーゼ特有の感覚だが、この店はその中でも特にレベルが高いように思える。

 それからしばらく二人でボロネーゼを食べ進めていると、水城先輩が楽しそうに微笑んで言った。


「こうして色人くんと一緒に美味しいものを食べれて、その感想を言い合いながら一緒に食べれるの、私本当に嬉しいよ」

「そうですか……俺も、楽しいです」

「私もだよ……もっと、もっとたくさん色人くんと色々なものを共有したいな……色人くんと一番色々なものを共有できるようになるには、やっぱり……」


 水城先輩は俺の言葉に共感してくれた後で、俺には聞こえない声で何かを小さく呟いた……その後、二人でボロネーゼのパスタを食べ終えると、店から出て話しながら帰り道を歩くと────やがて、分かれ道がやって来た。


「色人くんとの初デート、色人くんと今までに無い感じの時間を過ごせて本当に楽しかったよ!」

「はい、俺も楽しかったです」


 別れ際にそう言ってくれた水城先輩に対して俺も心からそう返事をする。


「あ、色人くん、ちょっといい?」

「なんですか?」


 そう言って俺の顔に手を添えてきた水城先輩に対し、俺はそう聞き返す。

 もしかしたら、俺の顔に何か付いているんだろうか。

 そんな考えが過ぎった瞬間────水城先輩は俺の左頬にキスをしてきた。


「み、水城先輩……?」


 突然のことに動揺している俺のことを、水城先輩は続けて抱きしめてくると、俺から離れて言った。


「次のデートの時のお楽しみって言ったでしょ?」

「そ、それがこれってことですか?でも、どういう意図で────」


 俺がそう問いただそうとすると、水城先輩はさらに俺から離れて言った。


「それはまた二学期になってから教えてあげるから、また学校でね!今日は本当にありがとう!」

「……わかりました、こちらこそありがとうございました」


 動揺を覚えながらもしっかりとお礼を言うと、水城先輩は笑顔を見せて走り去って行った。

 そんな背中を見届けた俺は、その後家に帰り、自室に入ると自らの左頬に触れて、七星に右頬をキスされた時と同様にとても心に衝撃を感じていた。

 ────俺の中の何かの感情が変わり始めている……この時から、俺の中にはそんな確信が生まれていた。



◇水城side◇

 家に帰って自室に入った水城は、ベッドに飛び込むと、枕のことを抱きしめて言った。


「唇はできなかったけど、それでも頬にキスしちゃった、色人くんの頬に……!」


 その時のことを思い出し、水城はベッドの上を転がる。

 そして、しばらくしてからそれが落ち着くと、水城は枕を抱きしめる力を強めて言う。


「この抑えきれない気持ちを少しでも形にしたら、この気持ちも収まるのかなって思ったけど……どうしよう、むしろ増えるばっかりで、全然収まらない……色人くん……お姉さん、君のこと大好きだよ……だから、もっともっとたくさんのものを、君と共有したいな……」


 自分以外誰も居ない部屋のベッドの上で、水城は切なる願いを口にした。

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