第82話 右頬に

◇真霧side◇

 長い時間海で遊んでいた俺と七星だったが、夕暮れ時になって来たのでそろそろ海で遊ぶのは切り上げ、夕焼けに照らされた海を横目に砂浜を歩いていた。


「人色さん!私、今日本当に楽しかったです!」

「あぁ、俺もだ」


 俺がそう頷くと、七星は嬉しそうな表情で言う。


「男の人と二人で海に来たのなんて今日が初めてだったので、昨日ぐらいまでは私の水着姿変に思われたらどうしようとかって考えて不安もあったんですけど……いざ当日になってみたら、そんな不安も全部吹き飛んじゃうぐらい楽しくて……」

「そうか……俺も改めて自分の口で言うが、今日は間違いなく楽しかった」


 七星と過ごす時間……その時間が日常的になりつつあることは以前からわかっていたが、日常的だからと言ってその時間の楽しさというものが薄れるわけではない。

 むしろ────七星と過ごす時間を重ねるごとに、その時間の楽しさというのは積み重なっているのを感じる。

 俺がそんなことを感じていると、七星は俺の方を見て口角を上げていた。


「俺の顔に何か付いてるのか?」


 そんなことを聞いてみるも、七星は首を横に振って嬉しそうな表情で言う。


「人色さんが、私と出会った頃からは想像も付かないことを、最近はたくさん言ってくれるようになったのが嬉しいんです」

「七星と出会った頃、か……あの時は、本当に悪いことをしたな」

「い、良いんです!別に、謝って欲しくてこんな話持ち出したわけじゃ無いですから!」


 慌てたようにそう言うと、七星は何か話題を探すように目を右往左往させて口を開いて言った。


「と、人色さんは、何か無いですか?出会った最初の頃から私について印象が変わったこととか!」


 七星について印象が変わったこと……これはさっきも七星が言っていたことでもあるが────


「七星が男と出かけるのが初めてだったり、家に男を招くのが初めてだったり、海に男と二人で来るのが初めてだったり……七星は性格や容姿からしても男性経験が多くても不思議は無かったが、そこはやはり意外だったな」

「わ、私ってそんなに軽そうに見えるんですか!?」

「軽そうに、というか純粋に容姿が魅力的で性格も明るく優しいから、今まで惹きつけられた男が何人も居てもおかしくないと思っただけだ」

「っ……!」


 俺がそう伝えると、七星は変な声を上げた。

 容姿や性格が魅力的な人物が男を惹きつけるという、ごく当然のことを言っただけのつもりだったが……


「七星?どうかしたのか?」

「えっ!?ど、どうもしません!」

「そうか、なら良い」


 それから、七星は少しの間だけ落ち着きが無い様子だったが、落ち着きを取り戻したのか間を空けてから、七星は立ち止まった。

 そして、俺もそれに合わせて立ち止まり七星と向かい合うと、七星は口を開いて静かに言った。


「人色さん、私……この夏休み人色さんとたくさん過ごせて、本当に、本当に楽しかったです!」

「俺も、この夏休み七星と過ごせて楽しかった」

「っ!」


 俺が今回の海だけでなく、夏休み全体を通した上で改めてそう伝えると、七星は俺のことを抱きしめてきた。

 そして、俺のことを抱きしめながら俺の顔を見上げると────俺に優しい笑顔を向けてきた。

 その七星の頬は赤く染まっているように見えたが、夕焼けの光もあるためそれは定かではない。


「……」


 が、俺は少ししてから気が付いた。

 七星の笑顔が、どこかいつもとは違うことに……その目や表情には、優しさだけでなく、どこか温かさのようなものが込められている。

 俺がそんな七星の笑顔に疑問を抱いていると、七星は背伸びをして俺の顔に自らの顔を近づけてきて────夕焼けに照らされた海を横目に、その砂浜の上で俺の右頬にキスをしてきた。

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