第79話 ナンパ

◇七星side◇

 七星は、空になった焼きそばとかき氷の容器を手に自らに背中を向けて歩いていく霧真のことを見て呟く。


「人色さん、本当に優しい……日焼け止めオイル塗ってる状態なのに、それでも私が日焼けする可能性を少しでも減らそうと考えてくれるなんて……」


 霧真の優しさを感じそう呟いた七星は、霧真が居なくなったことで抑えていた感情を吐露するように頬を赤く染めながら砂でできた地面の上で足をバタバタさせながら心の中で大きく呟く。

 ────もう〜!今日も相変わらず人色さんがカッコよくて色々と抑えるの大変!初めての水着姿でスタイルとか露骨に見られちゃうからどう思われるかなってちょっと不安に思ってたところに、私の水着姿あんな風に褒めてくれて……本当、人色さんのことで頭がいっぱいになっておかしくなっちゃいそう〜!ていうか、人色さんがあんなに褒めてくれたのに私人色さんの体かっこいいしか言ってない!顔は普段から褒めてるけど、こういう時もちゃんと言葉にしたほうが良かったかな!?ていうかていうか、あんなにかっこいい顔と体直視なんてできなくて見ただけで頭変になっちゃうんだから長々と褒めるなんてどっちにしても無理!!

 七星が、そんな調子で客観的に見れば海に来てテンションが上がっているように見える素振りを取っていると、三人組のいかにもチャラそうな男が七星の前までやって来た。


「君、めっちゃ可愛いね〜、今日は一人で海楽しんでんの?」

「……友達と来てるけど、何」


 七星は、霧真以外の男性全員にこんな態度を取るわけではないが、今回の場合はすぐにナンパだと気付いたため、霧真に取る態度とは真反対の態度で答える。


「へぇ、友達って女の子?」

「男の人」

「男かぁ」


 男性と一緒に来ていると伝えれば引くかとも思ったが、まだ諦めるつもりが無いのかチャラそうな男が言う。


「じゃあさ、その男捨てて俺たち三人と遊ばない?一人の男より三人の男と遊んだ方が楽しいって」


 できるだけ素っ気ない対応を取り続けようと考えていた七星だったが、その言葉で完全に感情が昂って言う。


「あの人と居た方が何百倍、どころか数字じゃ表せないほど楽しいから!いい加減どっか行ってくれない?」


 七星が大きな声で、加えて強い語気でそう言うと、チャラそうな男は怒ったように言う。


「ちょっと可愛くて胸デカいからって調子乗んなよ?お前ら、今日は一日この生意気な女と遊んでやろうぜ」


 そう言うと、他の二人も下衆な笑みを浮かべて頷き、七星と話していた一人のチャラそうな男が七星の左腕を掴もうと右腕を伸ばす。

 ────やっちゃった……こういうときは相手のことを怒らせないようにしないといけなかったのに、人色さんのこと貶されたって思ったら、つい……

 水城のようなスポーツに特化した才能を持って、日々体を鍛錬している者であれば、相手が三人の男が相手でも相手の力によってはこの状況を脱することもできたかもしれない。

 だが、七星はモデル……体型維持のためにトレーニングを行ってはいるものの、それは本格的に筋力や体力をつけるためのトレーニングとは本質的に大きく異なる。

 あと少しでチャラそうな男の右手が七星の左腕に触れそうになった────その時。


「ぐぁっ!?」


 突如そのチャラそうな男の右腕が持ち上げられたかと思えば、思い切り捻られ、男は苦痛の声を上げる。

 そして、しばらく苦痛の声を上げさせた後で右腕から手を離すと、男の右腕を捻った人物が言った。


「悪いが、お前たちのような奴の手を七星に触れさせるわけにはいかないな」

「っ……!人色さん!」


 そう言い放った霧真の姿を見た七星は、勢いよく椅子から立ち上がると霧真の方に駆け寄る。

 すると、七星は力強く霧真のことを抱きしめた。


「人色さん……人色さん……!」


 不安でいっぱいな状況の中、霧真が現れてくれたことに、七星はとても安堵して霧真の名前を何度も呼ぶ。


「待たせて悪かったな……もう大丈夫だ」


 そう言うと、霧真は七星の背中をさすった。

 ────人色さん……人色さんはまた、私のことを……もう、この気持ちを我慢なんて……できない……!

 七星はこの瞬間、本来であれば夏祭りの日に告白をする予定であり、それは今でも変わらないが────今日の間に、七星が霧真としたいと思っている一端のことをすることにした。

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