第75話 次のデートの時で
水城先輩としばらくの間抱きしめ合った後、水城先輩が着替えるために俺が一度更衣室から出ると、しばらくしてから私服姿の水城先輩が更衣室から出てきた。
すると、水城先輩は明るい声で言う。
「お待たせ〜!色人くん!」
「いえ、大丈夫です……それじゃあ行きましょうか」
そう言って歩き出そうとした俺に対して、水城先輩は足を進めずに俺の服の袖の部分を掴んでいつになく潮らしい様子で言った。
「待って……色人くん、さっき私のこと抱きしめてくれたけど……私のことなんて抱きしめて良かったの?もし私に合わせて抱きしめてくれてたとかだったら────」
「良いですよ、俺がしたくてそうしたんですから、水城先輩が気にすることじゃありません」
俺がそう伝えると、水城先輩は俺の服の袖から手を離すと、いつも通り明るい表情と明るい声音で言った。
「そうだよね〜!ていうか、君としてはお姉さんと抱きしめられたなんてラッキーなぐらいだよね〜!今日の夜、君がお姉さんの体の感触とか胸の感触とかが頭に残ってるせいでちゃんと眠れるか心配だよ〜!」
「それは色々と気にしなさすぎです」
俺がそう言うと、水城先輩はいつも通り明るく笑っていた。
普段、かっこいい時、潮らしい時と、本当に感情表現が豊かな人だ……そして────前まではあまり得意では無かった普段の水城先輩も、今となってはあまり悪い気はしない。
どんな感情状態であったとしても、その人物が思っている以上に繊細でかっこいい水城先輩であることに変わりはないからだ。
そんなことを思いながら水城先輩と一緒に大会会場を出ると、水城先輩が言った。
「色人くん、私そういえば今まで練習以外で色人くんと二人で街に出かけるとかしたこと無かったよね?」
「はい、無いです」
「色人くんが良かったら、お姉さんと二人でデートしない?年上のお姉さんとして、私が色人くんのことエスコートしてあげるよ?」
「良いですよ」
「あはは、やっぱりデートなんて言い方じゃ困るよね〜!それなら────え?今、なんて言ったの?」
おそらく、俺が断るという前提の上でもうすでに次の言葉を用意していたらしい水城先輩だが、俺がその水城先輩の提案を断らなかったことに対して驚いた様子でそう聞いてきた。
だが、水城先輩がどう考えていたとしても俺には特に返事を変える理由は無いため、再度同じことを言う。
「良いですよって言いました」
もう一度俺からその言葉を聞いた水城先輩は、驚愕した様子で言った。
「えぇ!?ほ、本当に良いの!?」
「はい、要するに二人で出かけたいってことですよね?」
「う、うん」
「それなら俺が水城先輩からの誘いを断る理由はどこにもありません」
「っ!……もう〜!そんなこと言ってくれる君には、お姉さんからのハグを何度でもプレゼントしてあげるね〜!」
大きな声でそう言った水城先輩は、俺のことをその大きな声と比例する勢いで抱きしめてきた。
「いきなりどうしたんですか?」
「どうしたんだろうね〜!あ〜!今日はずっとこうしてたいな〜」
「暑いのでやめてください」
「え〜!君は本当相変わらずなんだから〜!」
俺と水城先輩はその後も同じようなやり取りを続けながら一緒に帰り道を歩くと、俺たちの帰り道が分かれる道までやってきた。
「ここで今日はお別れですね」
「うん……色人くん」
水城先輩は、優しい表情と落ち着いた声音で俺の名前を呼ぶと、続けて俺のことを優しく抱きしめてきて言った。
「────今日は本当にありがとう……色人くんのおかげで、とっても良い一日になったよ」
「こちらこそ、とても良い一日になったので、ありがとうございます」
俺の言葉を聞いた水城先輩は、俺のことを抱きしめながら俺と顔を向かい合わせ、少しの間沈黙した。
「水城先輩?」
「……ううん、次のデートの時で良いかな」
「何がですか?」
水城先輩が何の話をしているのか全くわからなかったため疑問を投げかけた。
すると、水城先輩は俺のことを抱きしめるのをやめて、俺から距離を取り、笑顔を向けてきて言った。
「次のデートの時にしてあげるから、その時のお楽しみ!」
そう言ってウインクをすると、水城先輩は「じゃあまたデートの日程決めとかで連絡するからよろしくね〜!」と言いながら俺に手を振って帰り道を歩いて行った。
「……」
本当に、水城先輩が何をするつもりだったのか俺にはわからなかったためそれを考えながら帰り道を歩くことにしたが、結局家に着くまで考えても答えは出なかったため、大人しく水城先輩と出かける日を楽しみにすることにした。
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