第74話 かっこいい先輩
◇真霧side◇
水城先輩の参加した水泳の個人大会が、優勝者である水城先輩や他の入賞者にトロフィーを渡す授与式も含めて終了した。
そのため、俺は事前に水城先輩と約束をしていた通りに水城先輩の更衣室前で、おそらく今はインタビューなどを受けているであろう水城先輩のことをしばらく待っていると────
「っ!色人くん!」
プールサイドの方から、競泳水着を着たままの水城先輩が姿を現し、俺の方まで駆け寄ってくると、そのまま俺のことを抱きしめてきた。
そして、そのまま何も言わずに俺のことを更衣室の中に入れると、水城先輩はインタビュー中ずっと堪えていたのであろう涙を流しながらも笑顔に加えて嬉しそうな声で言った。
「色人くん、私優勝したよ!色人くんのおかげで、ちゃんと優勝できたよ!」
「優勝おめでとうございます、水城先輩……でも、水城先輩が優勝できたのは俺のおかげじゃなく、水城先輩が頑張ったからですよ」
俺がそう言うも、水城先輩は俺のことを力強く抱きしめてきて強い声で言う。
「ううん、頑張れたのも色人くんのおかげだから、私は今日色人くんのおかげで優勝できたの!色人くん、本当にありがとう!」
水城先輩は俺にそうお礼を言ってくれているが、間違いなく俺のおかげなどではない……全ては、水城先輩が長い年月を積み上げてきた努力の結晶だ、少なくとも俺はそう考えている。
そして、俺は大会で泳いでいる水城先輩のことを見て感じたことをそのまま水城先輩に伝える。
「水城先輩、大会で泳いでる水城先輩はとてもかっこ良かったです……改めて、この人が俺の先輩で良かったと思いました」
「っ……!」
俺がそう言うと、水城先輩はさらに俺のことを抱きしめる力を少し強めて言った。
「ちょっと、色人くん……そんなこと言われちゃったら、私……っ、優勝した後は笑顔で居たいのに、優勝できた上に、君にそんなこと言われたら……うっ……」
その後、水城先輩は嬉しそうな声ではなく、おそらく水城先輩の中で色々なものが重なり、感動という形で涙声を漏らし始めた……俺はそんな水城先輩に言う。
「ここには俺しか居ませんから、好きなだけ泣いてください……今日ぐらいは、どれだけ抱きしめられても避けたりしませんよ」
「うっ、ありが、と……ぅっ……」
その後、少しの間涙声を漏らし続けた水城先輩だったが、その途中で涙声になりながらも言う。
「ご、ごめんね、色人くん、私服姿、だから、今の私が抱きしめちゃったら濡れちゃうよね……ちょっと、着替えるから、更衣室から出て行ってもらっても、いい……?」
そう言いながら俺のことを抱きしめる腕を俺から離そうとする水城先輩のことを────俺は、抱きしめ返して言う。
「そんなこと気にするわけないじゃ無いですか……今だけは、好きに俺のことを抱きしめてください、一言だけ伝えるなら────水城先輩は、泳いでる時だけじゃなくて、今この瞬間でも俺にとってかっこいい先輩です」
「っ……ぅっ……色人くん……色人くん……!」
そう言うと、水城先輩は俺のことを強く抱きしめ直してくると、手のひらいっぱいで俺の背中に触れていた。
おそらく、水城先輩が俺の服が濡れることを気にして俺のことを抱きしめるのをやめて着替えようとしたというのも少しは本当に思っていることでもあるんだろうが、さらに奥にある水城先輩の本音は違う。
────せっかく優勝したのに涙を流している情けない自分を見られたくない。
それが水城先輩の本音……だからこそ、着替えると言って一人になってから涙を流しきるつもりだったんだろう。
だが、大会で優勝した後に涙を流すこと……そんなものが情けないはずはなく、むしろ俺にとってはそこまで熱中できるものがあると言うのは素直にかっこいいと思えるもの……だから俺は、一言だけああ伝えた。
その後、俺と涙声を漏らしている水城先輩はしばらくの間抱きしめ合った────そこに言葉は無かったが、間違いなく言葉を超えた温かい何かを、俺は感じることができた。
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