第67話 彼女……!?

「わぁ、本格的なトレーニングジムって初めて来たけど、こんな感じなんだね〜、私が今まで行ってたプールがメインでジムがおまけのところとは全然違うよ」


 俺は逆にプールがメインでジムがおまけというところには行ったことが無いから詳しいことはわからないが、おそらくプロテインやドリンクなど、トレーニングに必要なものの販売量の有無、もしくは販売しているかどうかの有無の違いや、そもそも建物の広さ、そしてここはまだ受付だから無いが、マシンの質や種類にもきっと大きな違いがあるのだろう。


「水城先輩、これを使って受付でとりあえず今日体験したいってことを伝えてきてください」


 そう言って俺がこのジムの無料体験チケットと書かれたチケットを差し出すと、水城先輩は目を見開いて言った。


「わざわざこんなものまで用意してくれてたの!?」

「言えばもらえるのかもしれないですけど、それはそれで色々と手間がかかりそうだったので」

「そっか……ありがとう、色人くん……」


 そう言うと、水城先輩は少しだけ頬を赤く染めてそのチケットを受け取った。

 そして、俺と水城先輩が一緒に受付の場所に向かうと、受付の男性店員が俺の方に話しかけてきた。


「真霧さん!今日も来てくれ────女の子!?」


 互いに顔を知っている関係性の男性店員だったため、フランクに挨拶をしてこようとしてくれたが、俺の隣に居る水城先輩のことを見てそう大きな声を上げた。

 そして、続けて言う。


「め、めちゃくちゃ美人さんじゃないですか!もしかして、真霧さんの彼女さんですか!?ていうか彼女さんとか居たんですか!?」

「か、彼女……!?」


 受付の男性店員のその言葉は俺に向けられた言葉だったが、俺よりも先に水城先輩が反応してそう小さな声を漏らした。

 だが、俺は冷静にその誤解を解くために首を横に振って言う。


「違います、この人は俺の学校の先輩です」

「あぁ、なるほど……!真霧さんって確か高校生でしたよね?ていうことは、その女の子も高校生なんですか!?この大人びた綺麗な雰囲気────って、す、すみません、男の人が多いジムで働いてて、美人さんが来ちゃうとつい……それで、今日はどんなご用なんですか?」


 水城先輩のことを見てかなり感情を揺らがせていた様子の男性店員だったが、どうにか落ち着いた様子だったため、俺は水城先輩に無料体験をしてもらいということを伝え、その後は水城先輩が手続きを進めて行った。

 そして、その手続きが終わると、俺と水城先輩はそのまま足を進めて次はトレーニングウェアに着替えるための更衣室前までやって来た。


「手続きが無事に終わって良かったけど、さっきはビックリした〜!まさかいきなり君の彼女と間違われちゃうなんてね〜」

「そうですね」

「……私は驚いちゃったけど、色人くんはどう思った?私のこと彼女と間違われるなんて嫌だった?」


 声色はいつも通りだが、どこか不安そうな表情でそう聞いてくる水城先輩に対して俺は言う。


「そんなことはありません」

「そう、なんだ……」


 そう呟くと、水城先輩はどこか嬉しそうな表情で口元を結んだ。

 そして、俺に向けて笑顔で「じゃあまた後でね!」と言うと更衣室の中へ入って行った……出会った時と比べて、間違いなく水城先輩の感情の機微が見えるようになってきた。

 これは、水城先輩の変化なのか、あるいは俺の水城先輩に対する考えや感情の変化なのか、もしくはその両方なのか────こういったことを考え始めるとキリが無いことはわかっていたため、ひとまず俺も更衣室に入ってトレーニングウェアに着替えることにした。



◇水城side◇

 自分しか居ない更衣室の中で、水城は頬を赤く染めて呟いた。


「私が彼女って言われて嬉しいって言ってくれたわけじゃないのに、嫌じゃなかったってことが知れただけでこんなに嬉しくなっちゃうなんて……色人くんの一つ年上のお姉さんなんだから、もっと余裕持ってなきゃいけないのに……運動前から体が温かくて心拍音がすごくて……本当、こんなこと初めてだよ」


 その後、水城はトレーニングウェアに着替えている間にどうにか心を落ち着けると、一秒でも早く真霧の顔を見るために颯爽と更衣室を後にした。

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