第62話 水城先輩らしくて

 いつに無く真剣な水城先輩からの謝罪が予想外で少し驚いた俺だったが、すぐにその意図を理解して口を開いて言う。


「さっきのことなら、結果的に水城先輩は引いてくれたので、気にしなくても良いですよ」

「でも、普段は弱いところ見せようとしない君が、私にしんどいって伝えてきたってことは、それだけ私は知らない間に君に酷いことしちゃってたってことだよね?」

「事前に何の事情も伝えてなかった俺が悪いんです」


 俺がそう言うと、水城先輩は頭を上げて言った。


「だけど!君が辛くなった時はお姉さんのこと頼ってなんて言ったら当の私が君のこと傷付けてたなんて、そんなの……本当にごめん……私、どうして君が髪の毛上げてないのかとかちゃんと考えてなくて……」

「っ……!」


 今、俺は先ほどの水城先輩の真剣な雰囲気以上に驚愕した。

 俺が驚愕したのは水城先輩の言葉にではなく────水城先輩が、両目から涙を溢れさせていたことに、だ。

 水城先輩は、自らの涙を手で拭いながら言う。


「こ、これは、違うの……ごめんね、私に泣く資格なんて無いってわかってるんだけど……本当に、ごめん……」


 そう言いながら目元を拭っているも、次々に涙が溢れて来ている水城先輩の顔を見て、俺は水城先輩の手首を掴んで言った。


「……水城先輩、ついてきてください」


 水城先輩は小さく頷き俺について来ると、そのまま二人で人気の無いベンチまでやってきて隣り合わせになって座り、俺は水城先輩にハンカチを差し出して言う。


「これ、使ってください」

「あ、ありがと……」


 水城先輩は、俺の渡したハンカチで目元やハンカチを拭った。

 そして、水城先輩がある程度拭い終わった後で、俺は口を開いて言う。


「今回のことは、本当に水城先輩が責任を感じる必要はありません……ただ、俺が色々と話してなかったのが悪いんです」


 その俺の言葉を聞いた水城先輩は、首を横に振って言った。


「色人くんは何も悪くないよ!色人くんが本当に嫌がってることに気付かなかった私が悪いの!」

「でも、それだって俺が事前に色々と伝えてたら未然に防げたことです、今こうして謝ってくれているように、もし水城先輩が事前に俺から色々と話を聞いていたら、今回のことは起きていなかったと思いますから……なので、七星には言えない、水城先輩にだから言えることを今から話させてください」


 俺がそう前置きをすると、水城先輩はそれでも申し訳なさが顔から消えていなかったが、小さく頷いてくれたため俺は続けて言った。


「俺は、とにかくどんな形でも学校で目立つのは嫌で、だから目元が隠れるように前髪を伸ばしたり、テストの点数もあえて平均ぐらいにしたり……そんなことをしてるのは、昔起きたある一件からなんですけど、今はひとまずそこは重要ではなくて、とにかく俺は目立ちたく無いんです」


 俺が大まかに自らの現状を初めて誰かに打ち明けるということをすると、水城先輩は言った。


「そう、だったんだ……じゃあ、君のことかっこいいって七星ちゃんの前で伝えたのも、良くなかったかな?」

「正直、あまり好ましくは無いです……けど、まだ前髪を上げて実際に七星に俺の顔を見られたわけじゃなくて、七星もそこまで気にした様子じゃなかったので、水城先輩もそんなに気にしなくて大丈夫です」

「私って本当にダメだね……頼りになるお姉さんで居たいと思ってるのに、情けないどころか君のこと傷付けて……」


 水城先輩は、いつに無く落ち込んだ様子でそう言った。

 ……俺は、そんな水城先輩のことを見て、思ったことをそのまま口にする。


「頼りになるっていう言葉を使うことなのかはわからないですけど、俺は少なくとも水城先輩と出会うことができて良かったと思ってますよ」

「……え?」


 俺の言葉に驚いた様子の水城先輩は、目を見開いて驚いた。


「前初めて異性の家に行く時に相談に乗ってもらったり、水泳練習では久々に全力で競争ができて楽しかったり、今だって……どんな過程だったとしても、俺の秘密をこうして打ち明けられる人なんて今まで居なかったので、水城先輩の存在は、きっと俺の心のどこかで支えになってくれてるんだと思います」

「っ!色人くん!」


 俺がそう伝えると、水城先輩は再度涙を流しながら俺のことを抱きしめてきて涙声でありながらも嬉しそうな声音で言った。


「こんなに情けない私のことを、そんな風に言ってくれてありがとう……でも、色人くんがそう言ってくれるなら、これからは本当に君にとって頼りになるお姉さんになるよ……だから、これからも色人くんの近くに居ても良いかな?」

「水城先輩の思うようにしてください……その方が、水城先輩らしくて素敵です」

「私、らしくて……そっか……本当に、ありがとう……」


 水城先輩は、最後に俺のことを力強く抱きしめると、俺のことを抱きしめるのをやめ、再度ハンカチで涙を拭くと立ち上がって言った。


「いっぱい泣いたら疲れちゃったから、私そろそろ帰ろっかな〜!そうだ、色人くん……色人くんと二人の時は、色人くんのこと褒めても良いの?」

「褒めて欲しいとは思いませんけど、理論上は俺と水城先輩二人の時なら何を言われても特に問題ありません」


 俺がそう答えると、水城先輩は笑顔で言った。


「じゃあ、他の人たちが君のことを褒められない分、これからはお姉さんが君のこといっぱい褒めてあげるね!言っておくけど、色人くんのことならお姉さんいくらでも褒めれちゃうから、覚悟しててよ?」

「……それは、本当に覚悟が必要そうですね」


 俺は、いつも通りの水城先輩のことを見てどこか安心感を覚えて思わず口角を上げながら立ち上がると、その後はいつも通りのやり取りをしながら帰り道を途中まで水城先輩と一緒に歩いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る