第61話 二択

 やはりそう言ってきたか……まずいな、このままでは本当に前髪を上げさせられて────あと数秒後には、俺の正体が七星にバレてしまう。

 そして、そんなことになれば今まで俺の平凡な学校生活や七星との関係性のために隠し抜いてきた秘密が崩れ落ち、何もかもが────終わる。

 俺は、そうならないために水城先輩の言葉を受け流すようにして言う。


「……大げさですよ、そんなにハードル上げられたら逆に上げたくなくなります」

「え〜?そのぐらいのハードルがあっても大丈夫なぐらい、私は君のことかっこいいと思ってるんだけどな〜、ほら、絶対大丈夫だから上げてみてよ!」


 水城先輩は俺に対して悪戯心や悪意を働かせてこんなことをしているわけじゃない……前のプールの時に俺の容姿を褒めてくれたように、心底水城先輩の基準では俺の容姿が優れていると思っているからこその発言。

 容姿が良いと言われてマイナスな気持ちを感じることは少なくとも人の多い教室などの公の場で無いならあまり無いが……今はそれがとても厄介だ。


「そんなに持ち上げられても、上げにくいものは上げにくいですから」

「もう〜!それならお姉さんが手伝ってあげる!」


 そう言うと、水城先輩は急速に俺に距離を縮めてきた。

 俺は、いつも通りそれを避けようとした────が、真後ろと右横には壁があり、正面には机、そして反対の左横からは水城先輩が腕を伸ばして俺に迫ってきていた。

 そして、水城先輩の手が俺の髪に伸ばされる────避けられない。


「っ……!」


 俺は、自分で言うのもなんだが少し自信のある反射神経を駆使してどうにか俺の髪に伸ばされる水城先輩の右手の手首を軽く掴んでそれを止めた。


「本当君は頑固なんだから〜!見せたって減るものじゃ無いでしょ〜?」


 ダメだ……今はまだお遊びの雰囲気だから良いが、これからもし水城先輩が少しムキになったりして力を強めてきたりしたら、水城先輩の手首を握る力をかなり強めるか、武術の技の一つを使って水城先輩の手首を捻る他無い。

 ────だが、自らのことだけを考えてそんなことをして水城先輩に痛みを与えるなんて、そんなことをしたら俺は益々自分のことが……かと言って、このままでは本当に俺の日常の全てが崩されてしまう。

 なら水城先輩に少しの痛みを与えてでも、違う……それだと俺が平凡なフリをしている本来の理由から考えて本末転倒に……ならこのまま受け入れるのか?

 自らの生活の安寧と、自らの手によって他者が文字通り痛みを感じる……こんな二択を突きつけられることになるなんてな。

 俺が今の目の前の状況、そして現在の俺という人間、過去の出来事全てを思い出して苦しさを感じていると、今手を触れている水城先輩の────


「────君が辛くなった時とかしんどくてもう堪えられないってなった時は、お姉さんに言ってね」


 という言葉が脳裏に過ぎり、俺は水城先輩にだけ聞こえる声で口にした。


「水城先輩、離してください……ちょっとだけ、しんどいかもしれません」

「っ!!」


 俺がそう伝えると、水城先輩はすぐに俺から手を離して距離を取った。


「葵先輩?どうかしたんですか?」


 七星から見たら、さっきまで俺の髪の毛を上げようとしていた水城先輩が突然俺から離れた形になるため、七星が純粋な疑問として水城先輩にそうぶつけると、水城先輩は答えた。


「う、ううん!ただ、よく考えたら減るものじゃないからって簡単に見せられるかって言ったらまた別かなって思って」

「あ〜!そうかもしれないですね!ていうか、私の気になる人ってそこら辺のモデルとか俳優の人とかよりかっこいいんですよ!」


 七星がそう言うと、水城先輩は七星の隣に戻って七星との話を再開した……水城先輩は定期的に俺の様子を窺っていたが、今は場の雰囲気を壊さないことを最優先に動いているようだ。

 俺としてもそれはありがたかったため、ひとまずは先ほどまでと同じように振る舞っておくことにした。

 そして、夕方頃になると一学期終業式打ち上げは終了し、それぞれ帰ることになったが、七星はショッピングモールに用事があるらしいため一足先に去って、飲食店前には俺と水城先輩だけが残った。


「水城先輩、今から────」


 俺が、この一学期修行式打ち上げの間ずっと俺の様子を窺い、おそらく俺と話したそうにしていた水城先輩に今から少し二人で歩きましょうと提案しようとした時、水城先輩はとても真剣な表情で俺に頭を下げ、真剣な声音で言った。


「色人くん……ごめん」

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