第58話 疑惑

 彼女……?

 七星の気になる人って俺……というか、霧真色人だよな。

 どうしていつの間にか霧真人色に彼女ができているんだ?

 いや、もしかしたら七星の気になる人というのがそもそも最初からずっと霧真人色では無かったという可能性もあるのか……?

 だが、その気になる人を日曜日に家に上げたという話からも、その相手というのは霧真人色で間違いないはずだ。

 それとも、俺が帰った後で誰か二人目を……?

 ……と考えてみたものの、異性を初めて家に上げたという七星が、そこまで大胆なことをできるとは考えられないか。

 突然の七星の発言に俺はかなり頭の中が混乱したが、このまま頭の中でずっと考えていても思考が堂々巡りになることは目に見えていたたため、ひとまず七星に事の詳細を聞いてみることにした。


「彼女って、どうしていきなりそんな話になったんだ?前その気になる人を家に上げて、夏にもたくさん出掛けようって話になって楽しいって言ってただろ?」

「言ってたけど!土曜日その人とメッセージしてたら、女の人と二人でプール行ったって言ってて……」


 土曜日……そういえば、土曜日水城先輩とのプールから帰ってかなり時間が経った後、七星とメッセージをしたな。

 メッセージの内容は────


『人色さん!夏に海行くって話でしたけど、海は7月の末とかにするとして夏休み入りぐらいに人色さんとどこか出掛けたくて、日付決めたいなって思って連絡したんですけど、今日って忙しいですか?』

『朝は学校の先輩と二人でプールに行ってたが、もう忙しくないから平気だ』

『人色さん、水泳大会助っ人で出てましたもんね!お相手の人は水泳部の人だったんですか?』

『あぁ、水泳部で女性の一つ年上の先輩だ』


 それから少し間が空いて。


『そうなんですね!楽しかったですか?』

『あぁ、楽しかった』


 それからさらに少し間が空いた後、俺と七星は夏休みが入ってからどのタイミングで一緒に出掛けるかをメッセージし合って決めたわけだが……


「女の人と二人でプールに行っただけでその相手がその七星の気になる人の彼女かもしれないって思ってるのか?」

「だって!もしプールに行くなら三人とか四人とか、もっと多くても良いのに二人で行くなんて怪しいじゃん!それに……」

「それに?」


 七星は、どこか弱気な声で次の言葉を口にした。


「普段あんまり楽しいとかって口にしない人が、その人とプール行ったこと楽しいって言ってたし……もちろん、その人が楽しいのは何よりなんだけど、妬いちゃうっていうか……」


 妬く……?


「どうして妬くんだ?」

「どうしてって、私以外の女の子と一緒に二人で過ごして、あの人が楽しいって言ってたら……妬いちゃうに決まってるじゃん!逆になんでわかんないの!?」

「それは理解できるが、俺が言いたいのはそういうことじゃなくて、七星がその事に対して妬く理由がどこにあるんだってことだ、夏にたくさん出掛けることになったなら、その七星の気になる人は七星と一緒に居ることが楽しいと思ってるってことだ」

「でも、もしかしたら楽しい以外の何か別の理由があって私のこと誘ってくれたのかもしれないじゃん!」

「そんなことはない、俺────」


 俺は七星と一緒に居るのが楽しいと思ってる、と口にしかけたところで、俺はその口を閉ざした。


「真霧?どうかしたの?」

「……なんでもない」


 ……今の俺は真霧色人であって、霧真人色ではない。

 だから、俺が口にしようとしたことを今真霧色人として口にするのは不自然だ。

 自らの感情を伝えることすらできないなんて、俺は────俺がそんなことを考えていると、七星が大きな声で言った。


「でも!確かに真霧の言う通り、せっかくあの人が私のこと誘ってくれたんだから、その女の人に妬いてる暇なんて無いよね!ていうか、前に彼女居ないって言ってたし!だから、今はとりあえずこの夏をあの人と楽しく過ごすことだけ考えないと!」

「……あぁ、そうしてくれ」

「うん!話聞いてくれてありがとう、真霧!!」


 ということで話が落ち着くと、俺と七星は屋上から出て一緒に教室へ向けて歩きだした。

 俺の前を歩くやる気に満ち足りた雰囲気を出している七星とは裏腹に、俺は自らの無力感に襲われていた。


「……ちゃんと、伝えないとな」


 その言葉には自らの感情という言葉も含まれていたが、最終的には────霧真人色という人間の正体も、だ。


「……」


 俺は、いつか訪れるであろうその日に備えて、今のうちから心の準備をしておくことにした。

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