第55話 君のこと

 シャワールームのドアを開けて中に入ると、その中にはたくさんのシャワーとそれに付随するドアが設置されていた。

 俺は、ひとまずシャワールーム入り口でゆっくりと水城先輩のことを降ろすと、それと同時に水城先輩も俺のことを抱きしめる手を離すと右手で自らの水着が落ちないように抑えた。


「俺が水城先輩のことを抱えて泳いだ時とか、抱えて歩いた時とか、どこか痛みはありませんでしたか?」


 俺が念の為にそう聞くと、水城先輩は言った。


「ううん、平気だよ!むしろ細かく私のこと気遣ってくれてるのが言葉とか視線とか動きとかでわかったぐらい……君って優しいよね」

「そんなことは────」

「優しいの!今まではその辺なんとなくで流しちゃってたけど、お姉さんもう確信しちゃったから、どれだけ君が否定したって意味無いよ!」

「……そうですか」


 俺は自分が優しいだなんて微塵も思わないが、人が人に対してどう思うのかは各人の自由なため、そこに俺が介入することはできない。


「ていうか君、腕とか大丈夫?人一人抱えて泳いだり、人一人抱えて歩いたりするのって結構疲れない?」

「特にそんなことは無かったです、軽かったので」

「っ……!そ……そう、なんだ〜?そう言ってくれるのはお姉さん、嬉しい、かな〜?」


 水城先輩は、どこか照れた様子でそう言った。

 そして、水城先輩は水着を抑えている右手とは反対の左手で自らのゴーグルを外すと、俺に言った。


「ねぇ、色人くん……ゴーグル、外してくれないかな?」

「別に良いですけど、どうして改まってそんなことを?」

「……君の目が見たくて」


 俺の目が見たい……人の目を見たいなんていう感情は抱いたことが無かったため共感することは難しいが、目を見せるぐらいなら何の損失も無いため俺は言われた通りにゴーグルを外した。

 すると、水城先輩は俺との距離を縮めてきて言った。


「綺麗な目……ていうか、君って本当にかっこいい男の子だよね」

「自分では特に何も思わないのでわかりません」

「だろうね〜、じゃないと普段前髪で目元隠すぐらい髪伸ばしたりするわけないもんね……もったいないよ?前髪切ったり上げたりしたら、学校でも女の子からいっぱいモテれるのに」

「生憎、そういうことには興味が無いので」


 俺がそう答えると、水城先輩は頬を赤く染めながら少し口角を上げて、左手で俺の右頬に顔を添えて優しい表情で言った。


「落ち着いてて、泳げて、女の子に興味が無くて……だけどどこか辛そうで、放って置けなくて……本当、お姉さん困っちゃったよ」

「困ってる人の顔には見えないです」

「あはは、もう〜!今のはそういうこと言っちゃいけない流れだよ〜?」


 楽しくそう言うと、水城先輩は俺のほおから左手を離してシャワーへ繋がっているドアを開いて言った。


「じゃあ私、今からちょっと水着結ぶついでにシャワー浴びるけど、覗きたくなったら覗くんじゃなくて遠慮なく教えてくれて良いからね〜!色々と私のこと助けてくれたお礼に君のお願い何でも聞いてあげる!」

「冗談言ってないで早くドア閉めて結んで来てください、俺はシャワールームの前で待ってますから」

「……うん!」


 俺がそう伝えると、水城先輩は笑顔でそう返事をしてドアの中へ入って行ったため、俺はシャワールームのドアを開けて、その前で水城先輩のことを待つことにした……早く、水城先輩と泳ぎたいな。



◇水城side◇

 ドアを閉めて水着の紐を結んだ水城は、シャワーの前で立ち尽くしながらつい先ほどまでの記憶を呼び起こしていた。


「私が色人くんの背中に隠れた時、普段の言動から何か文句の一つでも出て良いはずなのに、何も文句を言わずにただその行動の意味だけを聞いてくれた……」


 水城は真霧に都合が良いと思われてもおかしくないと考えていたが、真霧はそのようなことを口にしていなかったし、おそらく考えても居なかった。


「私のこと抱えて泳ぐ時、色人くんの負担になるのに、それでもできるだけ私の方に水圧が来ないような泳ぎ方をしてくれてた……」


 これがもし水泳、または水城ほど水泳を熟知していない者であればそこまでわからなかったかもしれないが、水泳を熟知している水城にはその優しさが見て取れた。


「私のことシャワールームに運ぶ時は、できるだけ安定するようにお姫様抱っこしてくれて、私が抱きしめてもいいか聞いた時も抱きしめても良いって言ってくれた……」


 他にもそもそもこの水泳練習に付き合ってもらっていることや、水泳大会の時のことなど……数えればキリがないほど、水城は真霧に助けてもらっている。


「冗談……今までは私も冗談半分、色人くんがその気になっちゃったらそれはそれで良いかなってぐらいだったけど……」


 ────今は違う。


「私、君のこと……本当の本当に好きになっちゃった……初恋の相手は絶対年上だと思ってたけど……本当、人生何があるかわからないな〜」


 それから、水城は自らの初めての感情をしっかりと感じ取りながら、少しの間シャワーを浴びた。

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