第54話 お姫様抱っこ!?

「……え!?」


 俺に抱きしめられた水城先輩は、驚いた声を上げると続けて言う。


「き、君から私のこと抱きしめてくれるなんて意外だね?……もしかして、やっぱりお姉さんの水着姿にそういう感情抱いちゃったの?突然でちょっと驚いちゃったけど、そういうことなら仕方ないよね!」

「違います、今水城先輩の水着が外れ落ちようとしていたので、それを防ぐためにこうしてせき止めているだけです……なので、今のうちに早く解けた結び目を結んでください」

「あ~!そういうことなんだ~!そんな優しいことをしてくれた君には、ちゃんとお姉さんがご褒美あげないとね~!」


 そう言うと、水城先輩は俺が水城先輩のことを抱きしめていて水城先輩から抱きしめられるのを回避できないのを良いことに、俺のことを抱きしめ返して来て楽しそうな声音で言った。


「やっと、お姉さんからのハグあげられたね……どう?年上のお姉さんに正面から抱きしめられるのは……なんて、感想なんて言葉にできる状態じゃないよね~!きっと今の君の頭の中は、お姉さんに抱きしめられてるこの状況にお姉さんの抱きしめ心地にお姉さんの大きくて柔らかな胸の感触でいっぱいだもんね~」

「……いいですから、早く結び目を結んでください」

「え~?どうしよっかな~」


 ……この状況、確かに俺にとっても今目の前の異性の着ている水着の結び目が解けているというのはなんとも対処に困る状況だが、どう考えても困るのは俺以上に水城先輩のはずだ。

 それなのにここまで平常運転で居られるとは……不測の事態が起きても特に動揺せず平常運転で居られるという点において、俺は水城先輩のことを見習っていかないといけないのかもしれないな。


「普段こうして君と抱きしめ合うなんて状況はほとんど無いからもう少し堪能しても良いところだけど、そろそろ君の言う通りにしてあげよっかな」


 そう言うと、水城先輩は俺のことを抱きしめるのをやめると、自らの手で胸元の水着を抑えた。

 これにより、もう水着が外れる心配は無く、俺が水城先輩のことを抱きしめる意味も無くなったので俺は水城先輩のことを抱きしめるのをやめる。

 一時はどうなることかと思ったが、一件落着────と思った時。

 ドアが開く音が聞こえ、そこから一人の男性が入って来た。

 貸し切りだったはずではと思ったが、よく見るとその男性は作業着を着ていた……おそらくプールの点検にやってきた人だろう。

 俺がそんな推測をしていると、突如────水城先輩は俺の背中に回って片手で水着を抑えながらもう片方の手で俺の背中にしがみつくようにして来た。

 また背中から胸を押し当てるみたいなことだったら即座に引き離そうと思ったが────俺の背後に居る水城先輩は、珍しく恥ずかしそうに頬を赤く染めていて、その表情から明らかに普段とは違う心情であることが窺えたため、俺はひとまず水城先輩のことを引き離すのはやめて話しかける。


「水城先輩、どうかしましたか?」


 俺がそう聞くと、水城先輩は恥ずかしそうにしながら答えた。


「……君になら正直そのまま胸見られちゃっても良かったんだけど、他の男の人にこんな姿見られちゃうのは流石にちょっと恥ずかしい、かな」


 前半の部分の意味を問いたいところだが、ひとまず後半の部分だけを今は頭に残して考えよう。

 水城先輩が見られて恥ずかしいとこんな姿というのは、おそらく水着で自らの胸元を抑え、水着の背中の結び目が解けたことで自らの背中が完全に露出してしまっている姿のことだろう。


「それが恥ずかしいっていうことは、一人でそのまま水着を抑えて更衣室に入るのも難しいですか?」

「……うん、ごめんね」


 ごめんね……?


「どうして謝るんですか?」


 一体どこに謝る要素があったのかわからず俺がそう聞くと、水城先輩が答えた。


「だって、普段あんな感じで君に接してるくせに、いざこういう状況になったら君の背中に隠れて、今も困らせて……水泳大会の時もそうだったけど、本当私って情けないね」


 自嘲するようにそう言う水城先輩に対して、俺は言う。


「水泳大会の時、水城先輩が自己管理を怠ったことは確かですが、それは大会で優勝したいっていう思いがあってこそなので情けなくなんてないと思います」

「い、色人く────」

「ただ、今回は反省してください、最初にも言った通りそういう水着で本気の水泳練習なんてしたらいずれこうなるに決まってます」

「っ!い、今の流れでそんなこと言う!?」

「当然です、反省してもらうべきところはちゃんと反省してもらいます」


 俺がそう言うと、水城先輩は俺の背中にしがみつくのではなく、俺のことを後ろから抱きしめてきて優しい声で言った。


「本当、君は相変わらずだね……でも、君のそういうところ、私は好きだよ」

「それは良かったです」


 今の水城先輩の話の流れがよくわからなかったが、ひとまず今考えなくてはならないのはこの状況をどうするかだな。

 俺は、少し沈黙して考え────どうすれば良いのかを思いついたため、それを口にすることにした。


「水城先輩、更衣室前はあの作業員の人が居てあの人に見られずに更衣室へ入ることはできないので使えませんが、その反対の縁側にシャワールームがあるみたいなので、あそこで水着の紐を結びましょう」

「うん……でも、どうやってあそこまで行くの?」

「ひとまずプールサイドに上がるまでは俺が泳いで水城先輩のことを連れていきます……それで、プールサイドを歩くときは、水城先輩の胸元も、当然背中もあの作業員の人には見えない良い方法があるので大丈夫です……とりあえず、水城先輩は両手で胸元の水着を抑えてくれてたら大丈夫です」

「わ、わかった」


 そう言うと、水城先輩は自らの水着を両手で抑えた。


「じゃあ、水に潜りますよ」

「うん!」


 そして、俺と水城先輩は同時に水に潜ると────俺は、水城先輩のお腹と腰の間に右腕を回して掴むと、左腕を使って泳いだ。

 片手、それも水城先輩のことを抱えながらでも案外泳げるな。

 そんなことを思いながら俺はプールを泳ぎ切ると────


「失礼します」

「えっ!?な、何!?」


 俺は、両手で自らの水着を抑えている水城先輩の背中と脚を持ってはしごを登る……これで水城先輩の背中は誰にも見えない。


「こ、これ、お姫様抱っこ……!?」

「どうかしましたか?」

「え!?う、ううん……!」


 水城先輩は、頬を赤く染めながら首を横に振ってそう言った。

 つまり、特にどうもしていないということらしいため、俺は特に気にしないことにしてシャワールームへ足を進めると、水城先輩が頬を赤く染めながら言った。


「……ねぇ、抱きしめてても良い?もしかしたら、落ちちゃうかもしれないから」


 そんな心配は無いと思うが、他人に自らの身の安全を預けている以上そういった心配が出てくるのも仕方ないか。


「はい、大丈夫です」

「……ありがと」


 俺がそう答えると、水城先輩はそう言って俺のことをゆっくり抱きしめてきた。

 ────そして、俺はそのまま水城先輩のことをシャワールームへと運んだ。

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