第53話 水泳練習

 しばらく歩いていると、大きなプールがあるという建物の前へ到着した。

 確かに大きなプールがあってもおかしくないほど大きい建物だ……こんな建物を貸し切り、か。


「入るよ~」

「はい」


 俺が建物を見ていると、水城先輩がそう声をかけてきたため、俺は水城先輩と一緒にその建物の中へ入った。

 そして、その建物の中を真っ直ぐに歩くと、すぐに男女それぞれの更衣室までやって来ると水城先輩が言った。


「ねぇ、他の子も居ないし、良かったら女子更衣室で私の着替え見せてあげ────」

「俺はこっちなので、失礼します」


 また変なことを言い始めようとした水城先輩の言葉を最後まで聞くと間違いなく疲労感が溜まるだけだということを、俺は今までの経験から学んでいたため、すぐにそう言って男子更衣室の中に入ると、水城先輩の前から離れた。

 そして、シンプルな黒のトランクス型の水着に黒の水泳帽、黒のゴーグルを掛けると、更衣室の奥にあるドアを開けてその中へ足を進めた。


「……ここがプール、か」


 水城先輩はまだ着替え終えていないようなので、俺はその間にプールを見渡す……事前に聞いていた通り、とても大きなプールで、間違いなく二人だけでは使い切れないほどの広さだ。

 俺がそれらを見渡していると、隣からドアが開く音が聞こえてきたためそちらを振り向くと────そこには、水城先輩の姿があった。


「じゃ~ん!お姉さんの水色と白ビキニだよ~!」


 そう言うと、水城先輩は自らの胸元の水着を少し覗かせて言った。


「結構色々と悩んだんだけど、君が練習に集中できてかつそれなりにドキドキしちゃうラインを考えたら、やっぱりここになったんだよね~」


 そう言うと、水城先輩は水着から手を離して続けて聞いてきた。


「どう?お姉さんの水着姿、何か感想ある?」


 水城先輩の水着姿を見た感想……俺は、咄嗟に頭に浮かんできたことをそのまま水城先輩に伝えることにした。


「水城先輩、今日は夏にあるっていう本格的な水泳の個人大会のための水泳練習なんですよね?」

「うん、そうだよ?」


 つまり、今日はかなりの時間全力で泳ぐということだ。


「……海に行って軽く泳ぐ程度ならともかく、本格的に泳ぐってなるとその水着はすぐに背中の紐とかが切れる、かはわかりませんけど結び目が外れちゃいそうですけど大丈夫なんですか?」


 俺が純粋にそのことを心配してそう聞くと、水城先輩は驚いた様子で言った。


「私のスクール水着でも無い正真正銘オシャレな水着姿を見て出てくる感想がそれなの!?本当、お姉さんは君のことが色々と心配だよ」

「……それで────」

「そう簡単に結びが外れたりしないから平気だよ、それに万が一に備えてちゃんとした水着も用意してるから!」


 なるほど、それなら確かに安心だな。

 その言葉を聞いて、水城先輩はやはり水城先輩だが、そんな水城先輩が万が一に備えているということを聞いて、水城先輩が水泳に懸ける熱意は本物であるということを改めて感じ取った。


「……」


 俺がそう感じ取っていると、水城先輩は少しの間だけ静かに俺のことを見てきた。


「どうかしましたか?」


 それを不思議に思った俺がそう聞くと、水城先輩は首を横に振って言う。


「ううん、なんでもないよ~!それじゃあ、一緒に練習始めちゃおっか!」

「はい」


 ということで、俺と水城先輩は一緒にプールの中へ入ると、まずはクロールで競泳をすることとなり────俺と水城先輩は、同時に泳ぎ始めた。

 俺は、泳ぎながら俺とコースロープを二つ挟んで泳ぐ水城先輩の方に一瞬だけ視線を向ける……やはり速い。

 以前の大会ではタイムで言えば俺の方が速かったが、あれはやはり泳ぎ方が俺の方が速く泳げる泳ぎ方だったからだ……同じ泳ぎ方だったら、勝つか負けるかわからないな。

 俺は、刹那の間にそんなことを考えると、すぐに雑念を消して泳ぐことに集中した────そして、俺と水城先輩が泳ぎ切ると、水城先輩が言った。


「今のは同着かな?第三者が居てくれたらちゃんと勝敗決められたと思うけど、今日はあくまでも練習だからそこまで細かくする必要は無いよね~」


 俺が、その水城先輩の言葉に頷いて返すと、水城先輩が続けて言った。


「……それに、勝敗が明らかなほど君のことを引き離して泳ぎ切れたら、その時私は間違いなく今より速くなってるってことだから、勝敗を付けるならその時でいいよね」

「そうですね……俺も、そう簡単に負けるつもりはありませんよ」


 俺が水泳に特化した人生を送ってきていないとはいえ、今俺は間違いなく全ての運動能力を水泳というものに集約させて泳いだ……それでも勝てない相手。


「……良い顔するね────じゃあ、次はバタフライね!」

「わかりました」


 その後、俺と水城先輩はしばらくの間各種目で競泳を続けた────全力を出して同等に戦えることに、俺は楽しみを覚えていた。

 ……が、八回目の水城先輩との競泳をしている時、突如水城先輩が泳ぐ動きを止めてプールに立ち止まった。

 それを疑問に感じた俺は、すぐにコースロープ二つを潜り抜けると、水城先輩に近付いて聞く。


「どうしたんですか?どこか怪我でも……?」

「ううん、怪我したわけじゃないんだけど……背中の結び目が解け────」


 水城先輩がそう言いかけた時、水城先輩の上半身の水着が外れ、水城先輩の体を露出しようとしていたので────俺は、それを防ぐために咄嗟に水城先輩のことを抱きしめた。

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