第51話 七星のことを
俺のことを、深く……七星に教える?
……前もどんなことでもしたいと言っていたが、あれは今日の場合だと一緒に料理を作りたいという意味じゃなかったのか?
つい先ほどまで七星の話に聞き入っていた俺だったが、突然七星の言葉の意味を理解することができなくなってしまったため、俺は七星に聞く。
「七星、どういう────」
俺がその言葉の意味を聞こうとしたところで、七星は続けて甘い声で言った。
「私だけが知ってる人色さんのことを見たいんです……!……準備、は恥ずかしくてできなかったんですけど、今日いきなり本番じゃなくても良いので……」
「準備、本番……?」
「……え?」
俺が困惑しているのを見て、七星もさらに困惑の声を上げた。
俺は、それを横目に思考する……そういえば、前にも恥ずかしくて準備ができないと言われて俺は疑問を抱いたな……料理の具材を買いに行くことがどうして恥ずかしいのか、と。
それに、本番というのはなんのことだ?料理はもう終わっているから、本番も何も無いし、準備だってもう何も必要無いはず────と考えたところで、俺は全てを理解した。
準備、本番、七星の部屋、友達のままでは居られなくなる……それらのことから考えると。
「七星、もしかして────」
「ご、ご、ごめんなさい!お願いですからその先は言わないでください!!」
七星は、俺のことを抱きしめるのをやめると、顔を真っ赤にしてそう言った。
だが、この七星の反応……そういう、ことだったのか。
「その……悪い、七星の真意に気付けなくて」
俺がそう謝罪すると、七星は両手を振りながら言った。
「いえ!わ、私いきなりすぎましたから!本当!人色さんは何も悪くないです!ただ、私が、勝手に舞い上がっちゃっただけで……」
表面上はそう言っている七星だったが、常日頃から自らのことを偽っている俺にはわかる────七星も今、自らのことを必死に偽り、取り繕っていると。
感情が溢れてしまわないように、全力で抑えている……俺がもっと早く気付いていれば七星のことを悲しませることも無かったが、そんな後悔をしていても意味が無い……七星の悲しみの原因である俺の今すべきことは────一刻も早く、この場から去ることだ。
俺は、立ち上がると七星に言った。
「長居して悪かったな、そろそろ帰る」
「っ!ま、待ってください!」
そう伝えた俺が玄関へ続く廊下へ出ると、七星も俺と同じように廊下へ出て来て大きな声で言った。
「私のせいで、せっかく楽しい時間が最後こんな感じで終わるなんて嫌です!私、本当に全然平気なので、今から一緒に映画でも────」
「七星」
俺は、相変わらず自らのことを取り繕っている七星のことを抱きしめる。
「と、人色さん!?」
「……今年の夏は、二人で海へ行くと言ったな」
「は……はい、言いました」
突然別の話題を持ち出した俺に困惑している様子の七星に対して、俺は続けて言う。
「七星のことをまた悲しませてしまった俺にこんなことを言う資格があるのかどうかはわからないが、今年の夏、海だけじゃなくて他の場所にも一緒に行かないか?」
「……え?」
「七星は、俺になんでもできると言ってくれたが、本当にそんなことは無い……確かに勉強と運動は幅広くできるが、逆に言えばそれ以外のことには本当に疎いんだ……もちろん、それを今回のことの言い訳にするつもりはない……ただ、事実俺は今ほとんどのことに疎い……だが────俺は今、せめて七星のことだけは、疎くなりたくないと感じた」
「っ……!」
「だから七星……俺に、七星のことを教えて欲しい」
俺が心の底から出てきた言葉をそのまま七星に伝えると、七星は俺のことを抱きしめ返して来て言った。
「そんなの……当り前じゃないですか!これからゆっくり時間をかけて、人色さんに私の全てを教えてあげます!」
「……ありがとう」
そう会話をすると、俺たちは互いに抱きしめ合うのをやめて、互いの顔を見ながら言った。
「七星、またな」
「はい、また……海だけじゃなくて、他のこともいっぱい楽しみにしてるので今年の夏を二人で最高の夏にしましょうね!」
七星は、とても楽しそうにそう言った────もう、そこに偽りは無い。
「あぁ」
俺は、そう返事をすると玄関にある靴を履いて七星の家を後にした。
……俺も、いつか────何も偽らずに、七星と接していきたい。
この日……そんな願望が、俺の中に芽生え始めた。
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