第46話 どんなことでも
試着室の中で七星に抱きしめられた俺は、しばらくしてから七星と一緒に試着室から出ると、七星に言った。
「悪いな、七星……気を遣わせて」
「あ、謝らないでください!私がしたくてしたことなんですから!」
「そうか」
「……そうだ!」
俺が短く返すと、七星は大きな声でそう言って試着した五着の服が入っているカゴを手に持つと俺にそれを見せてくるようにしながら言った。
「私、この五着全部買うことにしました!」
「全部……?」
「はい!せっかく人色さんが似合ってるって言ってくれた服なのに、それを買わないなんて選択肢ありません!」
「そう言ってもらえるのは、試着を手伝った冥利に尽きるな」
俺がそう言うと、七星は五着の服が入ったカゴを元置いてあった場所に置くと、両手を後ろに回して言った。
「私、人色さんが服屋さんの店員さんとかしたら、そのお店の売り上げとかめっちゃ上がっちゃうと思います!」
「どうしてだ?」
「試着とかする際に、店員さんにチェックしてもらうときとか、もし人色さんみたいな人に似合ってるって言われたら、みんな絶対買っちゃいますよ!」
「そんなことはない」
「ありますあります!人色さんなら絶対────」
そう言いかけた時、七星は何かに気付いたように一度言葉を止めると、背中に回していた手を前に出して言った。
「で、でも!あんまり他の女の子のこと簡単に褒めたりしたらダメですよ?服屋さんの店員さんとかになったら似合ってなくても似合ってるって言わないといけないかもしれないですけど、極力そういったことは私以外には、じゃなくて、えっと……」
七星が何故そこまで言葉選びに悩んでいるのかはわからなかったが、俺はそんな七星に向けて言う。
「俺はそんなに簡単に誰かを褒めるような性格じゃ無いし、服屋の店員になる予定も無い……それに、当然俺が七星に似合ってると言ったのは言わないといけないから言ったわけじゃなくて、そう感じたから言ったことだ、七星が何を気にしているのかはわからないが、それだけは理解しておいてほしい」
七星の心理状態が理解できないなりにそう伝えると、悩んでいた様子の七星は笑顔になって言った。
「っ!はい!ありがとうございます!」
……ひとまず、これで七星に涙を流させてしまったことの埋め合わせはできたと判断した俺は、七星に言う。
「七星、俺はそろそろ帰る」
「わかりました!今日は本当にいきなりだったのに、試着手伝ってくれてありがとうございました!」
「気にしなくていい、それじゃあまた日曜日に」
俺がそう告げて、七星に背を向けこの場を立ち去ろうとした時────七星は俺の後ろで「あ!」と何かを思い出したような声を上げると後ろから大きな声で俺に向けて声を放った。
「と、人色さん!最後に一つだけ、良いですか?」
そう声を掛けられた俺が後ろを振り返ると、七星は俺に近付いてきて、頬を赤く染めながら俺以外には聞こえないほど小さな声で言った。
「あの、日曜日のことなんですけど……私、人色さんにならどんなことされても良いっていうか、したい、ので、遠慮とかしなくて良いですから……!それだけです!失礼します!」
そう言うと、七星は服も持たずに試着室の中へ駆け込んで行った。
「どんなことでもしたい?遠慮……?」
日曜日ってことは、料理の話だよな……あぁ、もしかしたら、場合によっては俺と一緒に料理を作りたいってことか。
わざわざ改めて言うことかはわからなかったが、もし俺も料理をしたいとなった時に、自分の家では無く七星の家に行くという立場の俺のことを気遣って、キッチンを使うこととかを気にしなくても良いという意図でああ言ってくれたんだろう。
俺は、そこに七星の小さな優しさを感じると、髪のセットを落としてから七星の居る試着室とは別の試着室で特高の制服に着替えて七星の居る試着室へと向かった。
◇七星side◇
七星は、試着室に入りカーテンを閉めた途端、力が抜けたように膝から崩れ落ちた……鏡に映る七星の顔はとても赤く、自らでそれを見るのが恥ずかしかったため、七星は三角座りをして膝に頭を埋めるようにしながら呟く。
「い、言っちゃった……!私、人色さんとならどんなことでもしたいって言っちゃった……!……でも、優しい人色さんが変に私のことを気遣って気まずい感じになるよりは、絶対良いはず……人色さん……」
七星はその時、のことを想像するともはや霧真のことが脳裏から離れなかった。
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