第45話 しんどくなった時は
「……え?」
俺がその七星の突然の疑問に困惑していると、七星はその問いを補足するように言った。
「いや、私が試着室で泣いちゃったって話はしたと思うんですけど、その日付とかって人色さんに話した覚えが無くて……私覚えてないだけで、いつの間にか話してましたっけ?」
そうだ……避けられているのがわかり精神的に病み、この試着室で涙を流したという話は霧真人色として聞いた話じゃなくて真霧色人として聞いた話だ……それなのに、俺は真霧色人として得た情報を霧真人色として発してしまった。
明らかな俺のミスだ……感情的になってしまうと、どうしてもこういったデメリットを孕んでしまう。
ここは、七星の言葉に乗る形で七星が覚えていないだけで言っていたということにするか?
だが、それでは七星に俺と接する際に常に違和感のようなものを与えてしまうことになるかもしれない……だとすれば────
「推測しただけだ、あの七星のことを悲しませるような人間、そしてそんな出来事があるとするなら、あの時の俺の言動だけだろうからな」
俺が苦し紛れにそう伝えると、七星は両手を横に振って言った。
「そ、そんなことは……あの時は私も悪かったので、本当に気にしないでください!」
「七星が悪いなんてことは無かったと思うが……そう言ってもらえるのはありがたい」
俺がそう返すと、七星は両手を横に振るのをやめて落ち着いた様子だった。
危うく俺が真霧色人だとバレてしまうところだったが、これで一件落着────とはいかないだろう。
覚えていないということにするよりは違和感は少ないかもしれないが、それでも間違いなく少しは七星の中に違和感を与えてしまったはずだ……そして、こういった違和感は点となって残り、いずれ他の違和感も増えてくれば点となって繋がり、最後には────霧真人色が真霧色人だとバレる。
「……」
……霧真人色という存在を消し、七星との関係を絶つ。
正直、今の俺の心情としては、もしその結果七星のことを悲しませてしまうぐらいならそんなことはしたくないと考えてしまっている。
だからこそ、いかにして霧真人色という存在を良い方向で生かすのかという方面で考え始めている────が。
霧真人色が真霧色人だとバレること、それだけは絶対に許容できない。
それがバレてしまえば、真霧色人が平凡では無いとバレてしまい、また────
「人色さん……?顔色悪いですけど、どうかしましたか?」
俺が過去のことを思い出し気分を悪くしていると、七星が俺の顔を見ながら不安そうに聞いてきた。
「……なんでもない、それより五着目の試着が終わったなら────」
「嘘です!」
俺が話題を逸らそうとした時、七星が俺の手首を握って大きな声でそう言った。
そして、俺のことを試着室の中に連れ込むと、俺のことを壁際にする。
「七星……?何を────」
「人色さんがどうしてしんどそうな顔してたのか教えてくれるまで、今日はここから出してあげませんから!」
「ここから出さないって……冗談はやめて、早くここから出してくれないか?」
「嫌です!人色さんが正直になってくれるまで、ここから出してあげません!」
次から次に困難がやって来るな……この場合はどうしたものか。
俺にとって厄介な行為であることに変わりは無いが、あくまでも七星が善意でしてくれていること……善意が善行になるとは限らないものの、七星の善意を蔑ろにするようなことはしたくない……が────俺がどうして顔色を悪くしてしまったのか、その内情も話したくはない。
「……」
あまりこういうことを伝えるのは得意じゃない……というか、好きでは無いがこうなってしまったのなら仕方が無い。
俺は、意を決する思いで言った。
「七星の言った通り、精神的にしんどくなったことは認める……だが、どうしてとか、そういうことは────」
「言わなくても大丈夫です、しんどいって伝えてくれて、ありがとうございます」
優しい表情と声音でそう言った七星は────その次の瞬間、俺のことを抱きしめてきた。
「な、七星?」
「こ、これは、あの……変な意味があるわけじゃないんです!ただ、人色さんがしんどいなら、少しでも安心させて上げられたらなって……もし人色さんが今後もしんどくなった時は、私に教えてください……私がいつでも、人色さんの全てをこうして包み込んであげますから」
俺にこんなことが許されていいのか、わからなかった────だが。
俺の中に、新たな一つの考えが生まれた……もし俺が今存在ごと自らを偽っていると七星が知れば、七星はどう思うんだろうか。
俺のことを軽蔑、もしくは幻滅したりするんだろうか……そしてその果てに────七星も、俺から離れて行ってしまうんだろうか。
「……」
過去に重ねてそんな考えが過ると、俺はその過去の感情も想起して少し心が揺さぶられそうになったが、今は────七星に抱きしめられている、この温もりに全てを委ねることにした。
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