第44話 楽しい思い出

 七星の試着も四着目が終了した頃、七星がどこか気まずそうな雰囲気を出しながら俺に話しかけてきた。


「あの……人色さん」

「なんだ?」


 今の試着のどこにそこまで気まずい雰囲気になる要素があったのか全くわからなかったため俺がそう聞き返すと、七星は相変わらず気まずそうな雰囲気のまま口を開いて言った。


「今の四着全部に人色さんは似合ってるって言ってくれましたよね」

「あぁ、言った」

「……それって、人色さんは優しいから、もしかして私のこと気遣ってそう言ってくれてたんじゃないですか?もしそうなら────」

「違う、俺は本当に全て七星に似合ってると思って似合ってると言った、他の人間がどう思うかは知らないが、俺は本当に全て似合ってると思った」

「っ……!」


 答えが一辺倒だと不安になるのも無理はないかもしれないが、俺は本当に思っていることを伝えているだけなためその思いをそのまま伝えると、七星は頬を赤らめて大きな声で言った。


「変なこと聞いちゃってごめんなさい!別に人色さんの言葉を疑ったとかじゃないですから!!それと、その……ありがとうございます」

「別にいい」


 俺がそう返すと、七星は頬を赤らめたまま小さな声で呟いて言った。


「それに、私は他の人にどう思われようと、人色さんに可愛いって思ってもらえたらそれだけで幸せっていうか……モデルがして良い発言なのかわからないですけど、実際そうっていうか……」

「声が小さくて聞こえなかった、もう一回言ってもらえるか?」

「っ……!な、なんでもないので忘れてください!!」


 七星は恥ずかしそうにそう言うと、試着室の中に戻って言った。


「最後の五着目着替えてきます!!」

「あぁ」


 そう言うと、七星は試着室のカーテンを閉めた。

 ……しかし、さっき七星にも伝えたことだが、七星はどうやら本当にモデルとしての能力が非常に高いようだ。

 系統の違う服や、初めて着るであろう服も自然に着こなしている……あんなにも大きな会場で打ち上げを行っていたことからも、もしかしたら七星は俺が思っている以上にすごい存在なのかもしれない。

 俺がそんなことを考えていると、試着室のカーテンが開いた。


「ど、どうですか?」


 試着室のカーテンを開けた七星が、不安そうに聞いてきた。

 ……これまで全て似合っていると答えているのに、なお不安そうなのは何故だろうと思いながらも、俺はその服を見る。

 黒ニットの女性用タンクトップに白の短パン、そして透けた白のカーディガン────


「似合ってる……答えが全てこれだけになって申し訳無いが、俺は服に関する知識が無いからそれ以外に言語化することができない、だが本当に似合ってると思ってる」


 俺がそう伝えると、七星は頬を赤くして口を開いた。


「い、いえ!ありがとうございます……私、人色さんにそう言ってもらえるの、本当に、本当に嬉しくて……ていうか────私、こうして人色さんと服屋さんで楽しめてることが、本当に嬉しいです!」


 七星は明るい声音で笑顔でそう言った。

 ……七星の笑顔は本当に明るく眩し────と、俺が七星の笑顔に目を奪われそうになっていたところで、七星はとても耳の痛い言葉を口にした。


「私、実はここの試着室で泣いちゃったことがあったんですけど、今日人色さんとここで楽しく過ごせたおかげで、この試着室での悲しい思い出がとっても楽しい思い出に変わりました!」

「そ……そうか」


 笑顔でそう言った七星に対して、俺は少し気まずい思いでそう返事をした。

 少し心苦しい感じはするが、最後には楽しい思い出になったと七星が思ってくれているのであれば、それで良いだろう……そうだ。


「七星、一番最初に一緒にご飯を食べに行った日は悪かったな……あの時は色々とあって、一緒に街へ行くと言えなかった……そのせいで七星にこの試着室で涙まで流させて、本当に悪い」


 俺が謝るべきことを謝ると、七星は両手を振って言った。


「い、いえいえ!あの時は私もいきなりすぎたので、気にしないでくださ────」


 そう言いかけた七星は、口を開けたまま声を出すのをやめて数秒の間無言で俺のことを見つめてから言った。


「私、人色さんにいつこの試着室で涙流したって話しましたっけ……?」

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