第43話 感情的

 七星の居る試着室へ向かっている俺だったが、その道中で少しだけ回り道をして男性用の服が売っている場所へ歩いた。


「服が特高の制服だと、流石に気付かれるだろうからな」


 ということで、俺は適当なボタン付きの黒シャツと涼しげなズボンを購入すると、七星の居る試着室とは別の試着室ですぐに着替えた。

 そして、今から試着室へ向かうというのに俺が手ぶらでは間違いなく七星に不審がられるため、俺は適当な男性用の服を手に持つと改めて試着室へ向かった。

 ────試着室近くに到着すると、そこから見える試着室に居る七星は、もう試着室ののカーテンを開けて持っていたうちの一着を身に着けて俺、正確には真霧色人のことを待っている様子だった。

 俺にはまだ気付いていないようだったが、七星が俺に気付くまで待つような理由は一切無いため俺は試着室前へ歩く。

  すると、七星は足音が聞こえたのか咄嗟に俺の方を見ると────


「……え?え、え?……え!?」


 とてもわかりやすく困惑し、とてもわかりやすく驚愕していた。

 そして、試着室から一歩飛び出すと俺の方に向けて言った。


「と……人色さん?え?人色さん、ですよね?」


 霧真人色としての俺とも、もう何度も会っているため今さら顔を間違えるようなことは無いと思うが、七星は突然のことに現実感を感じられないんだろう。

 俺は、あくまでもここで七星と出会ったことは偶然であるかのように振る舞いながら言う。


「そうだ、ここで七星と会うことになるとは思わなかったから驚いたな」


 実際思っていないことのため通常なら嘘だと見抜かれてしまっていたかもしれないが、今の七星はそれどころでは無さそうな表情だったためその辺りは問題無いはずだ……俺がそんなことを考えていると、七星が慌てた様子で言った。


「わ、私もです!でも、人色さんと会えて本当に嬉しいです……!」

「それは良かった」


 それから、七星はさらに間を空けずに口を開いて言う。


「ていうか聞いてください!私今同じ高校の男の子と一緒に来てたんですけど、その人一瞬だけ外すとか言ってもう十分以上も居ないんですよ!」

「それは大変だな」


 耳が痛い話だが、七星のためにも今はこうする他無い。

 俺がそう思いながら相槌を打つようにそう返事をすると、七星は少し間を空けてから両手を振って言った。


「あ、あの!男の子と来てるって言いましたけど、別に彼氏とかじゃなくてただの男友達ですから!私、今まで彼氏とか作ったこと無いので!」


 全くそんな弁明を求めた覚えは無かったが、七星がそんな弁明をしてきたため、俺は頷いて言う。


「わかってる、彼氏が居たら俺に彼氏のフリなんて頼むわけが無いからな」

「そ、そうですよね!」


 七星はそう言うと、何かに気付いたように一瞬目を見開くと、俺に聞いてきた。


「今までこういう話してこなかったと思うんですけど、今の話の流れだと私の彼氏のフリをしてくださった人色さんも、今は彼女居ないってこと、ですか?」

「そうだ」

「そ、そうなんですね!」


 見栄を張るようなことでも無いため素直にそう答えると、七星は頬を赤く染めてそう言い、嬉しそうに口元を結んだ。

 それから、何かを誤魔化すように目を泳がせると、七星は言った。


「そ、それにしても本当に遅いな~、いつまで待たせるつもりなんだろ~、早く服が似合ってるかどうか見て欲しいのに~」

「七星さえ良ければ、俺が代わりに見てもいい」

「……え!?」


 七星は驚いた様子を見せると、続けて言った。


「と、人色さんが私の試着、見てくれるんですか!?」

「あぁ、女性服に詳しいわけじゃないからあまり細かいコメントを伝えることはできないが、それでも良かったらな」

「っ!ぜ、全然大丈夫です!私、人色さんに可愛いと思って欲しく────じゃなくて、えっと……とにかく大丈夫なので!むしろお願いしたいです!」

「そうか、そういうことなら見よう」


 そう言うと、七星は照れた様子で両腕を広げて言った。


「早速、今来てるこのストリート系の服が試着一着目なんですけど……似合ってますか?」


 最後の部分だけ、どこか不安そうに聞いてきた。

 七星が今着ているのは白のTシャツで、胸元より少し上辺りに黒文字でオシャレな文体の英語が書かれていた。


「似合ってる」

「っ~!!」


 俺が素直に抱いた感想を口にすると、七星は声にもならない声を上げて、頬を赤く染めながら後ろに下がって言った。


「ありがとう、ございます……じゃ、じゃあ私、二着目着替えてきますね……」

「あぁ」


 そう言って七星が試着室の中に入ってカーテンを閉めると────数秒の間だけ、その中から小さく飛び跳ねているような音が聞こえた。

 だが、それも数秒で終わったので、おそらくは俺の何かの勘違いだと判断して、俺はその後も七星の試着を見ることにした────不思議な感覚だ。

 俺は今、間違いなく論理で無くある種の感情によって動いている……普段はそもそもあまり感情が揺れ動かず、感情が動いたとしてもあまり感情で動くことは好きではない。

 感情的に動くことは時にデメリットしか無いこともあるからだ……そして、論理的に考えれば今俺がしていることがきっとそれに当たる。

 自分のためだけであれば間違いなくそんなことをしても良い気分にはならないだろう……だが、何故か────七星のためだと思えば、それも悪くない気がした。

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