第41話 お礼
────休み時間。
俺が学校の廊下を歩いていると、俺は後ろから近付いてくる気配と共に視界を失った……そして、俺の後ろから声が聞こえてくる。
「だ~れだ!」
俺は、その声を聞いて誰か瞬時に分かったため間を空けずに答える。
「水城先────」
「もしわからなかったら、今君の背中に当たってる胸の感触で判断しても良いよ?」
そう言うと、水城先輩は俺の背中に胸を押し当てるようにしてきた。
「そんなので判断できませんし、大体俺が水城先輩って答えようとした時に被せてそんな意味の分からないことを言わないでください」
「君は本当相変わらずだね~」
そう言うと、水城先輩は俺の目から手を離して俺の前へやって来た。
その言葉を使いたいのは間違いなく俺の方ではあったが、今ここでこの人にそんなことを言っても意味が無いことは明らかだったため、それは胸の内だけに留めておくとしよう。
「それで、俺に何か用ですか?」
俺がそう聞くと、水城先輩は頷いて言った。
「うん!ほら、水泳大会からちょっと時間経ったから、そろそろ練習の日程調整したいなって思って」
水泳大会が行われたのが土曜日で、今がその翌週の火曜日のためちょっと時間が経ったというのは文字通り本当にちょっとだ。
だが、来週の月曜日以降に日程調整を行うという話はメッセージで事前に受けていたため、特に驚くべきことではない。
「わかりました……でも、それだけのためにわざわざ俺に話しかけてきたんですか?それならメッセージとかでも良いと思いますけど」
「あ~あ、異性の扱いに慣れてない君に、お姉さんから教えてあげるけど、そういうこと言ったらダメなんだよ?」
「はぁ」
俺が適当な相槌を打つと、水城先輩は先ほどのふざけた口調をやめて、少し頬を赤らめながら照れた様子で言った。
「君と、直接話したかったの……だからお姉さん、休み時間割いてまで君のこと探し回ったんだから……」
「そうですか……確かに直接会うことで、返信を待つっていう時間は省けるので、そういう意味では得策なのかもしれないですね」
俺がそう言うと、水城先輩は一度ため息を吐いた。
「どうかしましたか?」
「ううん、なんでもないよ?ただ、君は本当に君だなって思っただけ」
君は本当に君……まるで悟りを開いた人間の言葉のようだが、残念なことに俺はまだその境地には程遠いためその水城先輩の言葉を理解することができない。
そのため、俺は話を進めるべく少し間を空けてから言った。
「練習の日程は、今のところいつぐらいが良いですか?」
俺がそう聞くと、水城先輩は言った。
「7月入って最初の土曜日、とかどうかな?」
今がもう六月最後の週のため、7月に入って最初の土曜日というのは今から二週間以内に訪れる。
特に問題は無いため、俺は頷いて言った。
「わかりました、それで大丈夫です」
「ありがとう……本当に、ありがとう」
一回目のありがとうは日程調整に関することだと思うが、二回目のありがとうにはそうでないものも含まれているような気がしてならなかったため、俺が少し黙っていると、水城先輩が言った。
「水泳大会の時、私のこと助けてくれて、本当にありがとう……もしあのまま泳いでたら、君の言ってた通り大きな反動が来てたと思う……そういえば、ちゃんとお礼言ってなかったなって思ったから、ちゃんと伝えておきたかったの」
「……それなら、お礼を言う相手は俺じゃなくて水泳部の人たちじゃないですか?俺はただ、場繋ぎのために大会に出ただけですから」
「もちろん、水泳部のみんなにもお礼は言ったけど、私は君にもお礼を言いたいの……だから、言葉だけでも受け取ってくれないかな」
水城先輩の純粋なお礼の気持ちがとても伝わってくる。
……俺がこんなにも純粋なお礼を受けても良い人間なのか、それはわからないが、俺の勝手な事情でこの水城先輩の純粋なお礼を無下にすることはできない。
「わかりました、受け取ります」
「ありがとう、色人くん」
そんなやり取りを終え、俺が教室に戻ろうと足を進め────ようとした時、水城先輩が俺に近付いてきて言った。
「それでね?前メッセージで送ったことだけど、私に着て欲しい水着とかって何かあるかな?今はお礼の言葉を受け取ってもらったけど、言葉だけじゃなくて別の形でもお礼させてほしいから、私の方で何着か君が好きそうな水着の候補を────」
俺は即座に早歩きでその場を退陣すると、すぐに教室へ戻った。
────今年の夏は、今までに無いほど忙しくなりそうだ。
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