第36話 打ち上げ会場

「……一随分と綺麗な建物に見えるが、今日は一羽のモデル撮影の打ち上げだけで、他に何かの催しごとが行われるわけじゃないよな?」


 俺が、少し動揺を抱きながらも七星の恋人のフリをすることを忘れずにそう聞くと、七星は言った。


「うん!私のモデル撮影の打ち上げ!でも、パーティー会場で行うってことは、今回はあの時の撮影に居たひとたちだけじゃなくて、ちょっとだけ関係者の人とかも来る感じかも」


 もしも何か別のビッグイベントに巻き込まれるんだとしたら今すぐにでも帰ろうかと思ったが、七星のモデル撮影の打ち上げだけなら当初話していた通りで、ちょっと人数が多いぐらいなら大した問題にもならないため、ここまで来て断るわけにはいかないだろう。


「わかった、足を止めさせて悪かったな」

「ううん、他にも気になることあったら遠慮無く言ってね!」


 明るくそう言ってくれた七星と共に、俺はそのパーティー会場らしい綺麗な建物の中へ入る。

 すると、スーツを着た一人のフロントと思われる女性が居た。


「七星様、お待ちしておりました……そちらの方も参加者の方ですか?」

「はい!」

「そうですか、では右手手前にあるドアから会場へお入りください」

「わかりました!」


 七星とフロントさんがそんなやり取りをすると、俺と七星はフロントさんに言われた通り右手奥のドアへ向かう。


「……」


 その短い道中だけでも天井にはシャンデリア、壁にはランプ型の灯り、そして横を見れば綺麗な花の生けられた花瓶が置いてあったりなど、どこを見渡しても高級感に溢れていた。

 そして、ドアの前に着いた。


「両開きドア……」


 この建物に入るときはドアが元々開いていたからあまり気にしていなかったが、そういえば入口のドアも両開きドアだったような気がする。

 今日は居酒屋、は高校生の俺たちが居るから除外するとしても、レストランなどで打ち上げをするのだとばかり思っていたのに、それが一体どうして俺はこんなにも高級感の溢れる場所に来てしまっているんだろうか。


「どうかした?」


 おそらく俺が両開きドアと呟いたことは、ハッキリとは聞こえていないはずだが、七星が俺のことを気遣うように聞いてきた。


「なんでもない、このドアを開けて良いのか?」

「うん!」


 両開きドアは両手で開けてみたいものだが、明らかに片方を開けるだけで十分のドアを両手で開けるというのは少し大胆になってしま────


「……」


 違うな。

 普段の俺なら片方だけを空けるだろうが、今の俺はこの打ち上げの主役である七星の彼氏で、俺がこのパーティー会場に入るということは七星もこのパーティー会場に入るということだ。

 それなら……大胆ぐらいでちょうどいい。

 俺は、両開きドアの両ドアノブに手を掛けると、その両開きドアを開き七星と一緒にパーティー会場へ入った。

 主役の登場に相応しい登場────


「七星さん~!」

「え!七星ちゃん来たの!?」

「本当だ!うわぁ、生で見ても本当可愛い……!」

「あれが、七星さん……」


 七星の登場によって、七星はここに居る人たちの注目を集めた、が────ちょっと待て。

 俺はすぐに七星へ視線を送る。


「ん、どうしたの?」


 七星は俺の視線の意図がわからないようだが、俺は再度パーティー会場を見渡してから、七星に耳打ちで言った。


「一羽、今軽く数えてみて少なくとも五十人は居るようだが、モデル撮影に居た人は十人ぐらいだったはずだ」

「うん、それがどうかしたの?」

「さっき、関係者の人が来るのはちょっとって言ってたよな?」


 俺が前提を話した上で本題を切り出すと、七星が言った。


「うん、ちょっとだよ?多い時だと百人とか二百人とか超えちゃったり、会場もこの会場より大きいところ借りたりするから、私の言った通りじゃないかな?」


 ……しまった。

 以前から何度か俺と七星のそういった点に対する価値観のズレというものは生じていたはずなのに、俺はどうしてあの時七星の言葉を鵜呑みにしてしまったんだろうか……二百人を超える場を経験したことがあるのなら、確かに五十人はちょっとという認識ができてもおかしくない。

 おかしくない、が────


「七星さん、それに人色さんもこんにちは」


 俺がそんなことを考えていると、見知った顔……七星のモデル撮影のプロデューサーさんがやって来た。


「こんにちは、プロデューサー!」

「……人色さん、申し訳ないのですが、最初の数分間だけ七星さんのことをお借りしても良いでしょうか?」

「はい」


 七星はこの打ち上げの主役のため、色々とあるんだろう。

 当然、俺にはそれを断る理由が無いためそう返事をすると、プロデューサーさんは笑顔で「ありがとうございます」と返してきた。

 すると、次に七星が言う。


「ごめんね人色、本当、すぐ戻って来るから」

「気にしなくていい」


 七星は俺に手を振ると、プロデューサーと一緒に俺の前から去って行った。


「……」


 テーブルクロスの敷かれているたくさんのテーブルに並べられたたくさんの料理たち……そして、そこに居る各々で話しているスーツを着た男性やスーツを着た女性、それにおそらくは七星と同業者と思われる容姿の整った女性たち。

 七星の居ない間、俺はこの状況をどうしようかと考えていると、少し体を露出させた服を着ている女性が話しかけてきた。


「君、一羽ちゃんと一緒に入って来てたよね?見ない顔だけど、一羽ちゃんのお友達?」



◇七星side◇

「七星さん、今からこの打ち上げ参加者の方々のことをこちらにあるプロフィールと共に紹介させていただきますね」

「は────」


 プロデューサーにそう言われた七星が「はい!」と返事をしようとした時────ふと、霧真のことが視界に入った。

 視界に入った霧真は女性に話しかけられており、その光景を見た七星は心の中で叫ぶようにして言った。

 ────と、人色さんが、女の人に言い寄られてる!?

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