第34話 服
七星との待ち合わせ場所へ到着した俺は、辺りを見回して七星のことを探す。
七星は基本的に待ち合わせ場所へ行くといつも一目を集めているため、すぐに見つかると思った……が。
「居ないな」
スマートフォンで時間を確認してみると、時刻は待ち合わせ時間14時の5分前、13時55分と表示されていた。
いつもは七星の方が待ち合わせ場所に着くのが早いというだけで、時にはこんなこともあるだろう。
俺は大人しく七星のことを待つことに決め────た時、後ろから足音がしたかと思えば、突然目を覆われて後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「誰でしょう~かっ!」
その声を聴いた俺は、七星だ────と答えそうになったが、今日の俺は七星の恋人のフリをしないといけないため、すぐにそれを改めて言った。
「一羽だ」
「い、一羽……!」
七星は、少し上擦った声でそう言った。
……それから少し待ってみるも、七星は俺の目元から手を離さない。
「一羽?そろそろ離してくれるとありがたいんだが」
「ちょ、ちょっと待ってくださ────ちょっと待って人色!久々に名前呼ばれたから顔赤かったり口角……じゃなくて、とにかくあとちょっと、あとちょっとだけ!」
七星も、早速今から俺と恋人として接するつもりらしいが、何故かかなり慌てている様子だ。
「わかった」
七星の慌てている理由には全く見当も付かないが、俺は七星に冷静さを取り戻してもらうためにも少し待つことにした。
そして、少し時間が経つと七星は俺の目元から手を離してくれたため、俺は七星の方を向くと言った。
「さっきは慌ててた様子だったが、どうかしたのか?」
俺がそう聞くと、七星はやはり慌てた様子で両手を振って言った。
「あ、慌ててなんてないから、人色は何も気にしなくていいよ?」
「……そうか」
明らかに慌てているようにしか見えないが、これ以上言及しても余計に慌てさせてしまうことになりそうなため、これ以上の言及はしないでおこう。
……モデルというだけあっていつも服が違う七星だが、例によって今日も今までと服が違う。
透けている白のシャツを上に羽織り、インナーには黒のVネックの服。
そして下には白のズボン。
「今日の一羽の服は、かなり大人びているとまではいかないまでも、ちょうどいい具合に大人びていて綺麗な感じがするな」
「え、え、え?」
俺がなんとなくそう伝えてみると、七星は驚愕したように困惑の声を何度か連続で漏らした。
そして、次に大きな声で言う。
「えぇ!?い、今、人色、私の服のこと褒めてくれたんですか!?」
恋人として接するのか普段通りに接するのかを見失うほどに七星は動揺しているようだが、俺は言う。
「思ったことを言っただけだが、少なくともプラスの言葉であることは間違いない」
「っ~!!」
七星は声にもならない声を上げると、続けて大きな声で言った。
「う、嬉しいです!今までずっと私の服についてはノータッチだったので、もしかしたら私には似合ってないのかなとか、人色さんの好みじゃないのかなとかいろいろ考えてたんですけど、人色さんにそう言ってもらえて本当に嬉しいです!今日は、そろそろ暑くなってきたので涼しげな感じで白のシアーシャツに黒のVネック、白のフレアパンツにして来たんです!!」
服、それもレディースの服には一切知識が無い俺にとっては呪文のような言葉の羅列に感じられたものの、七星が本当に嬉しそうにしていることは七星の表情と声音、そして言葉の熱量から見て感じ取ることができる……モデルとして、やはり服を褒められるというのは本当に嬉しいことなのだろう。
「着るの久々だったので人色さんに変に思われないかなって心配だったんですけど、褒めてくれてありがとうございます!!」
こんなにも七星が嬉しいと感じるのであれば、もう少し前から服についての感想なども伝えた方が良かったんだろうか。
七星は、もはや恋人として接することを忘れるほどに嬉しいという感情でいっぱいのようだが、まだ打ち上げ場所に着いたわけではないためこの場ではこのままでも特に問題は無いだろう。
「今までもわざわざ口に出さなかっただけで、俺は今まで七星が俺と会うときに着ていた服は、全て七星に似合っていると感じていた」
「っ、っ、っ~!!」
俺が、今までの服についての感想を一言にまとめて伝えると、七星は声にもならない声を上げていた────が、七星が小さく飛び跳ねたり、両手で顔を覆ったりしているのを見て、俺は七星の服をこれからも褒めて良いのかどうか、逆に迷いを感じていた。
……その判断は今後の俺に丸投げするとしよう。
そう決めた俺は、七星が落ち着くまでしばらく待つと、七星がようやく落ち着きを取り戻したタイミングで七星と一緒に七星のモデル撮影打ち上げ会場へと向かった。
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