第33話 二人目

 水泳大会が終了すると、俺と七星は一緒に会場から出て駅へと向かっていた。


「今日二回連続で特高が勝って葵先輩のところお祝いに行った時に、葵先輩が負傷してるから今回の大会は出れないって聞いたときは本当に衝撃だったけど、特高の人ってだけあって他の人も速かったから優勝できて本当に良かったよ~!」


 ……葵先輩。

 葵というのは、確か水城先輩の下の名前だったはずだが、七星は水城先輩といつの間にか下の名前で呼ぶ関係になっているようだ。

 おそらくほとんど話したことも無いはずだが、女子同士の打ち解け度合いときたら俺には想像もできないほど早いな。


「特に二試合目の人!真霧は見てなかったと思うけど、あの人、なんか他の人とは格が違ったっていうか……それこそ、プロって感じの人だったよ!」

「そうなのか」

「うん!まぁ、私はその二試合目でもっと大きな後悔があるんだけど……」


 その七星の後悔というのは、三試合目が始まる直前に観客席で合流してから延々と聞かされているため、もはやどんな後悔なのか聞かずとも俺にはわかる。


「七星の気になる人が二試合目に選手として出てたから応援したかった、だったか?」

「そう、そうなの!もう~!大会に出てるあの人のことを応援できる機会なんて今後ずっとあるかわからないのに~!あ~!なんで私あの人が出てるって気づかなかったんだろ~!!」


 どうして気づかなかったのか、と後悔しているらしいが、観客席というある程度選手から距離のある場所で、顔や頭も隠れている人物のことを一目で誰だと認定するのは、事前にその人物が選手としてその大会に出ること、加えて今回の大会で言えば何試合目に出るのか、さらにどの高校なのかを知っていないと不可能だろう。


「でも、その人もそんなに良い順位じゃなかったから自分とバレなくて良かったって言ってたんだろ?それなら、そこまで気にすることは無いと思うが」

「あの人も真霧も全然わかってない!!高い順位を取って欲しいとは思うけど、順位とかどうでも良いから今目の前のことを頑張ってるあの人のことを私は大きな声で名前を呼んで応援したかったの!!」

「……そうか」


 高い順位を取って欲しいとは思いながらも、順位など関係なく応援したい……か。

 ……言っていることはなんとなく理解できるものの、どうしても矛盾のようなものを感じるため、少なくとも今の俺にそれを理解することは難しそうだ。

 ……いつか、俺も何かに対してそんなことを思える日がくるんだろうか。

 ふとそんなことを思いながらも、七星と一緒に同じ駅まで帰宅すると、俺たちは駅で離れた。

 本当なら俺も途中までは七星と同じ方角だが、霧真人色としての俺と別れるタイミングが全く一緒だったら不自然に思われてしまうかもしれないからだ。

 そんなわけで、少し遠回りをして家に帰った俺は、自分の部屋に入ると椅子に座った……全力で泳いだと言っても、泳いだ時間は短いため、体に疲労感のようなものは無い。

 俺がそんなことを思っていると、俺のスマートフォンから通知音が鳴った。

 その画面を見てみると────


『葵』


 水城先輩からのメッセージだった。

 ……今日、特高の選手控え室で着替え終わった後、水城先輩から泳ぎの練習の日程調整を行うために連絡先交換をするよう言われ、本当なら連絡先を交換などしたくは無かったが、一度引き受けてしまったことの日程調整と言われれば断るわけにもいかないため、俺はそれを受け入れた。

 そのため、きっとこのメッセージというのは日程調整のためのメッセージだろう。

 女子と連絡先を交換するのは水城先輩で二人目だが、どうもこの突然メッセージが飛んでくる感覚というものにはなかなか慣れない。

 そんなことを思いながらも、俺は水城先輩からのメッセージを開いた。

 どうやら、メッセージは二通来ているらしいため、俺はまず一通目のメッセージに目を通す。


『色人くん、今日は本当にありがとう、君のおかげもあって優勝できたよ……でも、来年は今回みたいなことが無いようにして、ちゃんと特待別世高校の水泳部で優勝するから、来年も見に来てね!色人くんにだったら、何枚でもチケットあげる!』


 なるほど、最後の方に水城先輩らしさが出ているものの、それ以外はしっかりとしたお礼メッセージだ。

 もしかすると、実際に会うと俺からすると少し厄介な感じだが、メッセージ上では話しやすい人なのかもしれない。

 そして、俺は二通目に目を通す。


『で!いきなり練習の日程調整するのはいくらなんでも早いと思うから、それはまた次の月曜日以降にしようと思うんだけど、君には今日のお礼をしてあげたいなって思ってるの!!だから、練習の時は君が私に着て欲しいと思った水着、どんなものでも着てあげる!スクール水着だとお姉さんの体とか全然見えなかったと思うけど、今回は結構際どいのとかでも良いから!でも、お姉さんの刺激的な体に見惚れて練習に集中できなくなっちゃうかもしれないから、その辺りは気を付けてね~!!』

「……」


 俺は、二通目のメッセージの序盤以降は全て記憶から消し────


『来年も予定が合えば見に行きます、日程調整の件もわかりました』


 とだけ返信すると、すぐにメッセージ画面を閉じた。


「……はぁ」


 さっきまで体に疲労感は無かったはずだが、なんだか一気に疲労感を感じたな、少し早いがお風呂にでも入るか。

 そう思った時、またもスマートフォンから通知音が鳴った。


『七星一羽』


 次は七星から、霧真人色に向けてのメッセージか。

 俺は、お風呂に入る前に確認しておこうと思い、そのメッセージを開いた。


『人色さん!今日の大会本当にお疲れさまでした!人色さんさえ良かったら、今後も大会とかに出る機会があったら私に教えて欲しいです!全部チケット買って全部応援行きます!!それと、明日の打ち上げの話なんですけど、待ち合わせ場所は前と同じで時間は14時にお願いします!!』


 七星さを感じるメッセージではあるものの、先ほどの水城先輩のメッセージに比べれば幾分もまともなメッセージに感じられる。


『わかった、明日はよろしく頼む』


 俺がそう返事をすると、すぐに既読が付いて────


『はい!私の方こそ、よろしくお願いします!』


 と返ってきたのを確認すると、俺はメッセージ画面を閉じてお風呂に入ることにした────そして、翌日。

 俺は髪を上げたヘアセットをすると、霧真人色として七星との待ち合わせ場所へ向かった。

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