第32話 予定

 本当に厄介な状況になってしまった……この状況を招いてしまったのは、俺が少しの気の緩みで水泳帽とゴーグルを外してしまったことと、今咄嗟の判断で七星の方に振り返ってしまったことが原因だ。

 そのどちらかが発生していなければ、この状況にはならなかった……が、どれだけ過去を悔やんだところでそれを変えることはできないため、割り切るしかない。


「七星、こんなところで会うとは思わなかったな、ここで何してるんだ?」


 普段通りの声音でそう聞くと、そんな俺とは反対に七星の方は慌てた様子で言った。


「わ、私も驚きました!私は、同じ高校の人のことを祝いに来たんです!警備員さんに聞いたら、私の高校の選手控え室はこの辺りって言ってたので……」


 なるほど、それで七星がこの場に居るのか。

 それから、七星は少しの間沈黙すると、俺の首から下へ視線を逸らして全身の動きを止めた。


「七星?」

「ご、ごめんなさい!」


 俺がそんな七星の様子を不思議に思い七星の名前を呼ぶと、七星は何故か両目を隠しながら頬を赤く染めてそう謝罪してきた。

 俺は何故謝られているのかがわからなかったが、ひとまず俺の正体ば真霧色人だということはバレていないようで少し安堵する。

 と言っても、この格好だけでは俺が真霧色人だと思うような根拠は無いだろうから、それも当然と言えば当然だ。


「謝らなくていい、あとどうして目を隠してるんだ?」

「こ、これは、その……人色さんのお体が見えちゃうので……」


 七星は、相変わらず頬を赤く染めたままどこか照れた様子でそう言った。

 ……なるほど。

 おそらくだが、七星は異性の体を見てしまうということに対して何か思うことがあるんだろう。

 それなら、と俺は心の中で前置きしてから言った。


「俺は一応見られて恥ずかしいような体はしてい無いと思うから、体を見られて特に嫌悪感は無い、だから七星もそんなことは気にしなくていい」

「だ、だから問題なんです!!」


 だから……?

 ……どうやら俺の理解の範疇を超えている思考を、七星は現在進行形で行なっているようだ。


「よくわからないが、そういうことなら俺は行かせてもらう、また明日な」

「ま、待ってください!」


 七星は、両目を覆うのをやめてそう声を上げると、俺の顔だけを見ながら続けて言った。


「あの、人色さんのその格好……さっきの大会、選手として出てたんですか?」


 この大会は高校対抗戦の男女混合で、さっきの第二試合では俺以外に男子が四人居た。

 観客席から見ていて、しかも全員が似たような水泳帽とゴーグルをしているような状況では、俺がどの高校の選手かはわからないはずだ。

 それに、この状況で俺が選手として出ていないという方が不自然なため、俺は素直に答える。


「あぁ、そうだ」

「そうだったんですか!?私、人色さんのこと応援したかったです!!」

「俺としては、そんなに良い順位ってわけでもなかったから、どれが俺なのかバレなくて良かったぐらいだ」


 ここで、俺は良い順位ではなかったと言って、さりげなく俺が一位を獲った特高の生徒であるという可能性は消しておく。

 七星も、まさか霧真人色が自分と同じ高校に在学している生徒だとは考えていないだろうが、念には念をというやつだ。


「何位とか関係無く頑張ってる人色さんのこと応援したかったです!!ていうか、人色さんって水泳部の人だったんですか!?」


 ここで水泳部と言えば色々と矛盾が生まれてしまいそうなため、ここは否定しておこう。


「違う、たまたまその高校の中では運動ができたからこの大会のためだけに引っ張り出されただけだ」

「人色さん運動神経すごく良いですもんね!私のこと助けてくれたときとかも、本当にすごかったです!」

「そうか」

「……」


 それから、七星は少しの間俺の体に視線を移し、再度俺の顔に視線を戻すと言った。


「その……人色さん」

「なんだ?」

「私だけ人色さんの水着姿見ちゃって悪いので……この夏、良かったら私と一緒に海とか行きませんか?もちろん、その時は私の水着姿も人色さんにお見せします!」


 七星と海、七星の水着姿。

 どう考えたって厄介ごとの予感しかしないため、俺はその誘いを断ることにした。


「海みたいな明るい場所はあまり俺の性格に合ってない、それに七星は色白で綺麗な肌をしてるから、海で水着姿になるような機会は最低限にしておいたほうが良い」

「き、綺麗な肌……!」


 七星は、俺には聞こえないほど小さな声で頬を赤く染めて何かを呟いた後、再度口を開いて言った。


「海に性格とか関係ありませんし、今の時代は日焼け止めもあるので大丈夫です!」


 日焼け止めか……確かにそれがあれば肌の心配は必要無さそうだが、俺が七星と海なんて────


「お願いします!!」

「……」


 真っ直ぐな瞳でのお願い────俺が一番、断るのが苦手なものだ。


「……わかった、だがまだ夏の予定はわからないから、日程を決めるのは先になると思うが、それでも良いか?」

「もちろんです!ありがとうございます」

「それじゃあ、そろそろ着替えたいから行かせてもらう」

「はい!引き留めてすみませんでした!明日の打ち上げと、夏の海楽しみにしてますね!!」


 そんな会話を最後に、俺と七星は離れた……夏の海、か。

 思いがけず、七星との予定が増えてしまったな。

 そのことに、俺は今までであれば感じていたであろう暗い何かを感じなくなっていた。


「……霧真人色、か」


 その後、俺は七星が特高の選手控え室前で水城先輩と話していたが、水泳帽とゴーグルを装着し背を向けることで特高の選手控え室に入り、着替え終えた頃には二人も会話を終えていたため、俺は観客席に戻って残りの試合を七星と一緒に見届けた。

 ────結果は、特待別世高校の優勝だった。



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 作者は今後もこの物語を楽しく描かせていただこうと思いますので、この物語を読んでくださっているあなたも最後までこの物語をお楽しみいただけると幸いです!

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