第30話 素敵
プールまでやって来た俺は、早速プールへ入るよう言われたためそのままプールに入った。
これが冬だったらこんな感じ方はしなかっただろうが、夏と呼ぶことのできる今の季節に冷たい水のプールに入るというのはそれだけで心地良い。
周りの選手を見ると、先ほどの平泳ぎの時と選手が変わっていないという高校もあるが、選手が変わっている高校がほとんどなため、特別俺が目立つことは無さそうだ。
「……今はそんなことを考えなくて良いんだったな」
俺は、自分の思考していることに対してそう呟いた。
今は水泳帽にゴーグルをしていて、水着も何の変哲もない男性用のスクール水着。
声も発することは無いため、この場で見られるのは文字通り俺の水泳能力だけ。
俺は、何となく観客席に居るであろう七星のことを探してみると────七星は、俺のことを見ていた。
「……」
一瞬、今この場に居るのが霧真人色だとバレてしまったのかと思ったが、冷静に考えてそんなはずはない。
きっと、水城先輩の代替わりで出て来たから、俺に注目しているだけだろう。
俺は余計なことを考えるのをやめて、この大会に集中を向ける。
「開始五秒前!」
そんな声が聞こえてくると、今回の種目である背泳ぎのスタートの姿勢に入った。
そして、そのカウントは一ずつ減っていく。
こんなにも大勢に見られている中で全力を出すなんて俺らしくないが、これは俺の正体が絶対にバレない状況であること……そして、何より────あそこまで大きなバトンを受け取ったのに、俺が手を抜いて負けるわけにはいかない。
そう意気込んだ直後、開始を告げる笛の音が鳴ると、俺は背泳ぎを開始した。
背泳ぎのやることは単純だ。
力を抜いてその姿勢を崩さず、手を回す……そして、キックは丁寧に。
「お、おい、あの特高のやつ……!」
「あぁ、めちゃくちゃ速いぞ……!」
「すっご、もしかしたらあの人より速い……かも?ていうか!後で真霧にもあんなに速い人居たよって教えてあげないと!」
俺は、久しぶりに本気でスポーツをしていると、あっという間に50メートルを泳ぎ切ってしまった。
何とも一瞬のように思えたな……そんなことを感じながらも、俺は左右の隣を見てみる。
「……まだ、俺以外に誰も泳ぎ切った選手は居ないみたいだな」
まだ他に泳ぎ切っている選手は居ない────つまり、俺が一位を獲れたということだ。
俺がプール全体を見渡してみると、全選手ゴールにはまだ時間がかかりそうなほど差がある状態だった。
俺は、プールサイドに上がると、他の選手たちが泳ぎ切るのを待つことにした。
◇水城side◇
────数分前。
水城は、選手控え室の廊下とプールの狭間から、一人プールを見ていた。
「……あの子、どんな泳ぎするんだろう」
選手たちは、真霧も含めてもうプールの水に浸かっている状態。
水城は、真霧のことを見ながらそんなことを考えていた。
そして、同時に考える。
「私の足、きっと同じ水泳部員の子でも、緊張してたって言ったら誤魔化せるぐらい誤差の泳ぎだったのに……それを見抜いちゃうんだ」
次から次に、真霧のことを考える。
……が、カウントを取る声が聞こえてきて、今が大会中だということを思い出し、一度それらのことを考えるのはやめて真霧の泳ぎに注目することにし────笛の音が鳴ると、全選手が一斉に泳ぎ始めた。
「……え?」
そんな中、一人の選手だけが他の選手と一線を画す速度で泳いでいる。
────真霧色人だ。
「嘘、え……?何、あの速さ……」
だが、それ以上に感じたこと。
水泳に熱を注いでいる水城は、その真霧の泳ぎを見て一言呟いた。
「────綺麗……」
真霧の無駄の無い泳ぎ、フォームに思わず目を奪われる。
そして、それと同時に以前真霧に言われたことを思い出す。
「素敵でしたよ」
それを思い出した水城は、頬を赤く染め、真霧の泳ぎに目を奪われながら言った。
「君は私の泳ぎが素敵だって言ってくれたけど────君は、素敵だね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます