第23話 秘密

 俺が最悪な気分に陥っていると、俺と同じく後ろを振り返った七星が言った。


「えぇ!?す、すっごい美人な人じゃん!ていうかスタイル良すぎない!?え、真霧の知り合いなの!?」


 たまたま図書室で出会って、強引に大会のチケットを渡された関係性を知り合いというのであれば知り合いだが、俺はそれを知り合いというのかどうかはわからない。


「赤の他人と知り合いの中間ぐらいの関係だ」


 俺がそう言うと、水色髪の女性は俺と七星と机を挟んで前に移動してきて言った。


「そんなこと言って、本当君は恥ずかしがり屋だね〜、君は私の大会を観に来てくれるぐらいには私と深い仲でしょ?」

「無理やりチケットを押し付けて来てその言い方は────そうだ」


 俺は、今自分の発言からあることを思い出し、ポケットに入っていたものを取り出すと、それを水色紙の女性に差し出して言った。


「これ、返します」

「返すって、それもう君のだよ?」

「俺は受け取るとは一言も言ってないです」

「ふ〜ん?でも、本当に良いの?このチケット、なかなか手に入らないチケットなんだよ?」

「はい、チケットに目を通してなくて、どんな大会のチケットかそもそも知らないので、俺が持っていても宝の持ち腐れです」


 俺がそう言うと、水色髪の女性は「え〜!見てないの!?」と言うと、続けて言った。


「これは、私があと一週間後に出る水泳大会のチケットだよ」


 特に興味があったわけではないが、水泳大会……なるほど。

 ということは、この水色髪の女性は水泳選手なんだろう。

 俺がそんな分析を行っていると、俺の隣で少しの間黙っていた七星が言った。


「どうしてその水泳大会のチケットを真霧にあげたんですか?」

「女の子の友達にチケットあげて一枚だけ余って、誰か男の子にも応援して欲しいなって思ったけど私全然男の子の知り合い居ないんだよね、で、いくら大会って言ってもあんまり知らない男の子に水着姿で泳いでるところ見られちゃうのって恥ずかしいでしょ?本当に知らない人だったら気にならないけど、同じ学校とかだとなんかリアルだし、だからスポーツに興味のある色人くんに、お姉さんからのプレゼントってことであげたの」

「え……?今の話だと、真霧は同じ学校だからあんまり良く無いんじゃないんですか?」

「あぁ、今のは普通の男の子だったらって話」


 ……え?

 七星とこの水色髪の女性の二人でどんな話をしていようと勝手だが、今一つ聞き捨てならない言葉があったため、俺は口を開いて言った。


「俺だって普通の男です、だから七星の言う通り俺にチケットを渡すのは良く無いと思います」


 俺は学校内では何事に置いても普通、強いていうならクラスの人気者である七星と二人で関わっていることだけは普通とは言えないのかもしれないが、それ以外は普通なためこれに反論することはできないはずだ。

 そう考えていた俺に対して、水色髪の女性は言った。


「ううん、君は普通の男の子じゃないよ」

「どこがですか?」

「それは────秘密」


 水色髪の女性は、そう言って小さく微笑んだ。

 秘密……俺にとって一番厄介な回答だ。

 もし本当に俺に普通でないところがあるなら、平凡なフリをするためにも今すぐその部分を普通にしないといけない。


「まぁ、チケットはあげたけど、来るか来ないかは君の自由だよ」


 ……てっきり来るようにお願いでもしてくるのかと思ったが、そこは自由らしい。

 そういうことなら、俺にほとんど関わりのない一つ上の先輩の水泳大会を観に行く理由なんて無いため、行かないようにし────


「いくら大会って言っても水着姿の私のことを見ちゃうことになるからね、君が女の子だったならともかく、男の子の君にはもしかしたら私の水着姿は刺激が強すぎるかもしれないから強制はできないよ」


 水色髪の女性がそう言うと、俺の隣に居る七星が言った。


「た、確かに……!真霧!この人スタイル良いから、こんな人の水着姿なんて見ちゃったら真霧が変な感じになっちゃうかもしれないから、行かないほうがいいよ!」


 ちょっと待て。

 そもそも、水泳大会でそんな不純なことを考えるわけがないし、というか俺は普段からそういうことを考えたことはほとんど無い。

 だが、ここで俺が「水泳大会は観に行かない」とでも言えば、まるで俺がこの水色髪の女性の水着姿を見るのが恥ずかしいから観に行かないといった感じになってしまう。

 それに対しては何だか屈辱的な気持ちになってしまうため、俺はすぐさま否定することにした。


「言っておくが、俺はそんなこと────」

「あ〜、私の教室図書室から遠いからそろそろ戻らないと〜!じゃあね〜!」


 そう言うと、水色髪の女性は図書室を後にした。


「……」


 その後、俺は七星に数学を教えた────が、頭の中は水泳大会のことでいっぱいだった。

 水泳大会を観に行くべきか、観に行かないべきか。

 色々と考えた結果────ここで観に行かなかった場合、今後ずっと七星や水色髪の女性からそのことについて何かを言われ続けそうだと予測した俺は、水泳大会を観に行くことに決めた。

 だが、水泳大会を観に行くぐらいなら誰でもするだろうから、そこではただ普通に観客として大会を観ているだけでいい。

 それだけで、俺は平凡になれる……そう考えると、俺の心はどこか落ち着いた。

 ────そんなことを思っていたのも束の間、俺は、水泳大会当日、この選択を大きく後悔することとなった。

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