第21話 あと一回
七星さんとプロデューサーさんの言い合いが終わり、俺と七星がこの撮影スタジオから出ようとした時────またも、プロデューサーさんが俺たちに話しかけてきた。
「七星さんと人色さん!最後に一つだけ良いですか?」
できることなら今すぐにでもこの撮影スタジオから去って、七星との偽りの恋人関係を終わらせたいところだが、最後ということなら聞いても良いだろう。
「はい、なんですか?」
俺がそう聞くと、プロデューサーさんが言った。
「来週、どこかのタイミングで今回の撮影の打ち上げみたいなのをしようと思ってるんです」
「そうですか」
撮影の打ち上げか、俺には関係の無い話だな。
「そこで、七星さんには当然来ていただきたいと考えていますが、人色さんもお時間があれば来ていただけませんか?」
撮影の主役と言えるモデルの七星に来て欲しいと考えるのは至極当然の────人色さんも?
俺は、その言葉を聞いて思わず自らの耳を疑ってしまったが、プロデューサーさんと七星が俺に視線を送って俺の返答を待っているからおそらく聞き間違いでは無いのだろう。
……だが、その撮影の打ち上げに行くということは、俺はまたその場で七星の彼氏のフリをしなくてはならなくなるということだ。
撮影の打ち上げに行くだけならともかく、また彼氏のフリをしないといけないのは気乗りしないどころか絶対に避けたいことなため、俺は言う。
「すみません、来週は忙しいので難しいかもしれません」
「そうでしたか」
「プロデューサー、人色は来週テストとかで忙しいから難しいと思います……ね、人色」
俺が七星のことを避けるということならともかく、彼氏のフリをしないといけないとなると流石に同情してくれたのか、七星が俺のことを援護してくれるように言った。
俺は、そう聞いてきた七星に対し小さく頷く。
七星は俺のことを特高の生徒だとは知らないが、来週は特高のテスト期間なため、事実で考えても一応は嘘を吐いていない。
まぁ、テストだからといって俺が忙しくなる理由は無いのだが。
俺がそんなことを心の中で思っていると、プロデューサーさんが言った。
「でしたら、再来週以降にしましょう!」
……え?
「どうしてそこまで俺のことを打ち上げに参加させたいんですか?」
「七星さんの彼氏さんですよ?スタッフの皆さんも気になってるみたいですし、七星さんだって彼氏さんが居た方が嬉しいですよね?」
……そういえば、スタジオの奥の方からスタッフの人たちの視線を強く感じる。
プロデューサーさんの言う通り俺のことが気になっているのかもしれない。
俺がそれらの視線を感じていると、七星は俺の方にチラッと視線を送ってから気まずそうに返事をした。
「そ、それは、まぁ……」
心情的には俺のことを考えて否定したいと思ってくれているだろう七星だが、ここで否定すれば嬉しくないと言っているようなもの。
そうなれば俺たちが恋人で無いと疑われてしまう要因にもなりかねないため、ここはそう答えるしか無いだろう。
「だったら任せてください!七星さんのことを通してスケジュール調整させていただくので、来週終わりぐらいまでには空いてる日程を教えてくださいね!」
……俺は、そんなプロデューサーさんの勢いに頷くことしかできず、俺が頷くとプロデューサーさんはスタッフさんたちのところに歩いて行った。
……あのプロデューサーさんの勢いというのは、おそらく俺への興味というだけでなく、七星への優しさでもあるだろうから、なんとも言えないな。
そして、俺と七星が二人で撮影スタジオから出たところで────
「ご、ごめんなさい人色さん!まさか、プロデューサーがあんなにすごい勢いで人色さんのことを打ち上げに参加させようとするなんて全然想像してなくて!」
七星が謝罪してきた。
プロデューサーさんやスタッフの人たちの気持ちになれば、おそらく有名なモデルである七星一羽に居なかったと思われていた彼氏が居たともなれば、気に掛かってしまうのも無理は無い。
「決定したことに対して何かを言っても仕方ないから、謝らなくていい」
「でも、今日だけって約束してたのに……」
「あと一回だけだ、あと一回だけ恋人のフリをして、この恋人関係は終わらせる、あと少し恋人のフリをする時間が増えたところで然程問題は無い」
「っ……!」
俺がそう言うと、七星は一度口元を結んでから頬を赤く染めてどこか嬉しそうに言った。
「私……少なくとも、あと一回は人色さんに会えるんですね……人色さんにはちょっと申し訳ないですけど、やっぱり……嬉しいです」
七星のことを見ていると、わからなくなってくる。
自分のしていることが正しいことなのかどうか。
偽り、隠すことが正しいのか。
だが、俺はそうすることでしか────
「人色さん?顔色悪いですけど、体調良く無いんですか?」
俺は、首を横に振って思い出しそうになってしまったことを振り払うようにすると、足を進めて言った。
「なんでもない、帰ろう」
「……はい!」
その後、俺と七星は一緒に電車に乗り、帰路が分かれるところまで七星と話しながら一緒に帰った。
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