第20話 興味

「────はい、おっけーです」

「流石七星さん、全部一発ですね!次のコーデは大人っぽい感じなので表情も大人っぽくしてくれますか?」

「は〜い」


 先ほどまでは、女子高生、または大学生向けといった前に七星と出かけた時にも七星が着ていたような服を着て、可愛らしい表情やポーズを取っていた七星だったが────大人の女性が着ていそうな黒のレースの服に黒のタイトスカートのコーデで撮影を開始すると、とても先ほどまでの人物と同一人物とは思えないほどに大人びた雰囲気で撮影を行なっていた。

 普段の七星の性格で言えば、モデルの仕事もバイト感覚でしていそうだと解釈することもできるが、そうではないらしい。

 仕事に対してとても真剣に取り組んで、真剣に向き合っている。

 俺がそんなことを思っていると、スタッフのうちの一人が俺に話しかけてきた。


「彼氏さん、彼氏さんはモデルの仕事とか詳しいんですか?」

「全然詳しくないです」


 モデルに関しては、雑誌の表紙を飾る、ぐらいしか情報が無い。


「それだとわからないかもしれないですけど、七星さんって本当にすごいんですよ?基本的に全部一発でおっけー出る人なんて、ほとんど居ませんから」

「そうなんですか?」

「はい、大体プロデューサーとの解釈の違いがあって、そこを何度か撮影していく中で擦り合わせをして行くのが基本なんです」


 なるほど……それが基本だと考えれば、確かに七星はすごいと言える。

 何度かコーデを変えて撮影して、プロデューサーさんから毎回違う要望を出されているのにも関わらず、おっけー以外が出ていない。

 俺が改めて七星のすごさに気付くことができていると、そのスタッフさんは少しニヤニヤしながら言った。


「まぁ、今日は彼氏さんが居るっていうのも大きいのかもしれませんね、全部一発おっけーはいつものことですけど、今日はなんか全体的にいつもよりやる気が垣間見えます」

「そうですか、良かったです」


 それからもしばらくの間七星の撮影を見ていると、その途中で休憩時間になったらしい七星が俺の方に駆け寄ってきて笑顔で言った。


「人色!どう?モデルの仕事してる時の私!」


 相変わらず自然に俺のことを恋人として接している七星に驚きながらも、俺はそれに素直に応える。


「輝いてるな、一羽にピッタリだと思う」

「っ……!」


 七星は、嬉しそうに頬を赤く染めて口元を結んだ。


「ほ、他は自然にできるのに、名前で呼ばれちゃうと口元ニヤけちゃう……!」

「それなら、名前じゃなくて苗字で────」

「ダ、ダメ!えっと……ほ、ほら!もうプロデューサーたちの前で私のこと名前で呼んだわけだし、いきなり苗字で呼ぶと疑われちゃうかも!だから!ね!」


 おそらく七星の本音は違うと思うが、今七星が口にしたことも事実なため、受け入れざるを得ない。


「そうだな、じゃあ一羽呼びのままにしよう」

「一羽……!……きゃあ〜!」


 七星は、両手で自分の顔を覆うようにすると、グリーンバッグの方へ走って行った。


「……せっかくの休憩時間だったのに、休憩するどころかよくわからない精神状態になってないか?」


 あんな状態でモデルとしての仕事が務まるのか、そう思っていたのも束の間────撮影が再開されると、七星はコーデに合わせて、プロデューサーさんからの要望に完璧に答え続けた。

 ────そして、13時になると撮影は終了した。


「ありがとうございました〜!」


 七星が大きな声でそう言うと、スタッフさんたちが七星のことを労う言葉をかけた。

 そして、七星は笑顔で俺の方にやって来ると、それと同時にプロデューサーさんも俺たちのところへやってきた。


「七星さん、本当にお疲れ様です……今日の撮影量でで2時間は結構タイトだと思ってましたけど、七星さんのおかげで余裕を持って動くことができました」

「全然!あのくらい任せてください!」


 そう言った七星のことを見て────プロデューサーさんは、少し口角を上げて言った。


「すみません、私はお邪魔でしたね……どうぞ、頑張ったご褒美に人色さんに頭でも撫でてもらってください」

「わ、私そんなことしようとなんて思ってませんから!」

「そうなんですか?ですが、人色さん……ここは彼氏として、彼女さんのことを労ってあげる時だと思いますよ」


 頭を撫でることが労うことになるのか……過去に恋人ができた経験が無いから知らなかったが、それをしないと不自然になるのであればするしかないな。

 プロデューサーさんがそう言い残して俺たちから離れると、七星はどこか恥ずかしそうにしながら口を開いた。


「あ、あのプロデューサー、仕事は真面目なのにたまにあんな感じでふざけてくるの!本当、困────」


 俺は、そんな七星のことを労うために、プロデューサーさんの言う通り七星の頭を撫でる。


「……え?」


 そんな声を上げた七星に対して、これは労いということだったので、俺は七星の頭を撫でながら労いの言葉を伝えた。


「────よく頑張ったな、一羽」


 俺がそう伝えると────七星は、動きを完全に停止した。

 停止したのは両手足だけではなく、顔や首、目すらも全く動いていない。


「……一羽?」


 俺は、七星が突然全く動かなくなったことの原因がわからず、もしかしたらモデルの仕事終わりと関係があるのかと思いプロデューサーさんに相談してみると、プロデューサーさんは「あぁ、わかりました」とだけ言うと、七星に近づいて俺には聞こえない声で耳打ちした。


「ぇっ!?」


 七星は声にもならない声を上げ、急激に顔を赤くして動きを再開させると────その後、照れているような様子でありながら、プロデューサーさんに怒っていた。

 一体プロデューサーさんに何を言われたのかはわからないが、わかることがあるとすれば────七星一羽という人物は、本当に何もかもが俺にとって予測できない人物であるということだ。

 ……俺は今まで、七星とは仕方なくという形で接してきたが────もしかしたら、俺は思っている以上に七星一羽という存在に個人的興味を抱いているのかもしれない。

 ……だとしても、俺のすべきことは変わらない。

 七星のことを遠ざけ、霧真人色という存在を消す────消す?

 霧真人色という存在を消すということは、今まで俺が七星と過ごしてきた霧真人色としての時間も消えるということなんだろうか。


「……」


 俺は、七星とプロデューサーさんが言い合いをしている間、そんなことを頭の中で巡らせていた。

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