第19話 撮影スタジオ
「あ!七星さん現場入りです!」
俺たちが撮影スタジオに入ると、そんな女性の声が撮影スタジオに響いた。
すると、この場に居るスタッフの人たちは「はーい!」という気合の入った声を上げた。
……グリーンバッグに照明、カメラ。
まさしく本場、というやつだ。
俺はその本場の空気というものを感じていた────が、七星が現場入りすれば、当然スタッフの人たちは浮かんでくる疑問があるだろう。
そんな疑問を表すように────スタッフの人たちの視線は俺に注がれていた。
すると、先ほど大きな声で七星の現場入りを宣言した女性が俺たちの方に近づいてきた。
「おはようございます、七星さん」
「おはようございます、プロデューサー!」
プロデューサー、なるほど。
確かに、ラフなポロシャツを着ていたり、シンプルな白のズボンを履いていたりするところから見て、プロデューサーと言った感じがある。
俺がそんなことを思っていると、プロデューサーさんが、おそらくこの場に居るスタッフたちの気持ちを代弁したことを口にした。
「七星さん、隣の男の子は誰ですか?」
七星は、撮影スタジオのドアを開ける前に「ちゃんと私の恋人として振る舞ってくださいよ!」と俺に言って来ていたが、俺は何かのフリをするのは日常から慣れているため、恋人のフリをするぐらいお手の物、は図に乗りすぎているとしても特に問題は無いだろう。
だが、七星の方は心配だ。
おそらくあまり嘘が得意な性格では無いだろうし、いくらモデルと言ってもモデル撮影の演技力と通常の演技力というのは全くの別物。
ここで七星が「こ、こ、恋人です!う、嘘じゃないですよ!?」みたいなことを言ったら台無しなため俺が急いでフォローしないといけなくなるが、果たしてどうなるか。
俺がそんなことを思っていると、七星はとても自然に言った。
「私の彼氏です!」
「か、彼氏……ですか!?」
「はい!」
驚くプロデューサーさんよりもさらに反応が深刻だったのは、他のスタッフたちだった。
「そ、そんな……!七星さんに……!」
「彼氏……!?」
「俺、今から休もうかな、家に帰って寝込みたい……」
反応は三者三様だが、主に男性スタッフたちがとても衝撃を受けているらしい。
反応の一部を見てみると、ショックを受けて動きを止める者や、大声で叫ぶ者、そして明らかにやる気を損ねている人物。
だが、これほど衝撃を受けているのも、七星の言葉があまりにも自然だったからだ。
もしこれが冗談の雰囲気、もしくは嘘だとわかるような雰囲気だったならジョークとして受け止められ、ここまで衝撃を与えることはなかっただろう。
自然だったからこそ、誰も七星の発言が嘘だとは疑わない……むしろ────自然すぎる。
嘘が上手とか演技が上手いとかっていう次元の話じゃない。
そういえば、七星は俺のことを気になる人と言っていたが……
「人色は私の彼氏です!」
七星は俺の手首を優しく握ってそう言った。
────もしかして、七星はこの状況を利用して俺にアプローチをしてくるつもりか!?
俺がそんなことを考えていると、その考えを裏付けするかのように七星は俺にウインクをしてきた。
「……」
────やられた。
ビルの下で七星がモデルの恋人で無いとスタジオには入れないと打ち明けてきた段階ではまだそんなことは考えていなかったんだろうが、せっかくフリだとしても恋人になれるのだとしたら俺と距離を縮めたいと考えている七星にとっては絶好の機会だ。
この状況だと、俺は七星の彼氏を演じるしか無いから、俺と距離を縮めて来ようとする七星のことを拒んだらそのことが不自然になる……そして────もし俺が本当は七星の彼氏では無いと思われるような不自然な行動を取れば、本当は七星の彼氏では無いのかと疑われてしまう。
そして、彼氏じゃ無いなら俺は誰だということになり、最悪の場合不審者だと思われてしまうかもしれない。
その時には七星も弁明に協力してくれるかもしれないが、わざわざそんな嘘をついてまでこの撮影スタジオにまで入ってきた理由はと聞かれただけでアウトだ……何せ、七星の目を拒めなかったなんていう感情論なんて、弁明の役には全く立たないからだ。
……七星一羽という人物は、こういった手段を好まないような性格にも思えるが、俺が七星のことを避けようとしているため、目には目をといったことなんだろう。
俺が瞬時にそんなことを考えていると、プロデューサーさんが言った。
「人色さんって言うんですね……整った顔立ちしてますけど、もしかして七星さんと同じモデルさんなんですか?」
「それが〜!モデルでも俳優でも無いんですよ〜!前人色にモデルとか俳優勧めたのに性格に合わないからって断られちゃったんです!」
「まぁ、人前に出る性格じゃ無いという方もたくさん居ますから、仕方無いと思いますよ」
「そうですけど〜!人色なら絶対トップとか目指せると思うんです!」
「彼氏さんに夢中なのは良いですけど、撮影はちゃんとお願いします……なんて、七星さんにこんなこと言うのは失礼かもしれませんが」
「失礼とかじゃ無いですけど、撮影はちゃんとやるので任せてください!」
七星とプロデューサーさんがそう会話を終え、プロデューサーさんがグリーンバッグの方に歩いて行くと、七星は俺の方に来て言った。
「人色!私のこと、応援しててね!」
「あぁ、七────」
……違うか、彼氏なら。
「一羽、撮影応援して見てるからな」
「っ……!!」
その後、七星は声と呼べるのかわからないほど高い声を出すと、気分を高めた様子でグリーンバッグの方へ向かった。
あとで色々と言いたいことはあるが────
「まずは、七星のお手並み拝見だな」
ということで、俺は特待別世高校に選ばれた、七星一羽のモデルとしての実力を拝見させてもらうことにした。
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