第18話 恋人のフリ
「────それならどう足掻いても無理だな、悪いが俺は帰らせてもらう」
本当なら一刻も早く霧真人色という存在を消したいのに、七星と恋人になるなんて冗談じゃない。
そう思った俺がそう発言し、ビル前から立ち去ろうとしているのを見て、七星は俺の前に立ち塞がるようにして言った。
「ま、待ってください!何も本当に私の恋人になってくださいなんて言ってるわけじゃ無いんです!今日だけ!今日だけ、恋人になってくれれば良いんです!それも、本当の恋人になるわけじゃなくて、恋人のフリをしてもらえれば、それで良いんです!」
「……フリ?」
「はい!私たちはお互いにフリだってわかって恋人を演じるだけです!それも、今日だけ!それなら、私が人色さんの元カノだったなんてことにもなりません!」
……正直、俺の目的はこの場で七星と会うことができただけで達成できている。
この時点で、俺が七星と過ごした時間は楽しいと思っていたことが七星にも伝わっているはずだからだ。
だが────
「お願いします!どうしても、私の撮影を人色さんに見て欲しいんです!」
こんなにも眩しく、輝いている目でそんなことを言われたら、そう簡単には断れない。
この目を拒むには、俺にもそれ相応のものが必要だ。
それ相応のものを出そうと思えば出せる、俺は霧真人色という存在を消したい。
その思いを強く出せば、七星のこの目も拒むことができるだろう。
問題は、俺がこの目を拒みたいのかどうかだけだ。
「……」
────拒みたいなんて、思えるわけがなかった。
俺に対する感情か、もしくはモデルという職業に対する己のプライドか、その両方か……目で訴えかけてくる。
自分の輝いているところを見て欲しいと、訴えかけてくる。
「……わかった」
「っ……!」
俺がそう言うと、七星は嬉しそうに目を見開いてから笑顔で言った。
「ありがとうございます!」
そう喜ぶ七星に、俺は念を押すように言う。
「ただ、今日だけだ……今後はどれだけお願いされても、絶対に恋人のフリなんてしない」
「はい!今日だけです!」
互いに今日だけという合意を取れたところで、俺と七星は隣を歩きそのビルの中へと足を踏み入れた。
ビルの中に足を踏み入れた俺は、そのビルの内装を見渡す。
外装からも想像できていたことだが、やはり内装もとても綺麗だ。
近未来的、と言ってしまえば誇大表現になってしまうかもしれないが、歩くたびに耳障りの良い心地良い音が廊下に響き、床や壁はライトを反射させている。
「こんなところにある撮影スタジオを使うことができるってことは、七星はモデル業の方では結構有名なのか?」
「ぜ、全然ですよ!私なんて、まだ国内だけですから!」
とりあえず、俺とは感覚が違うから有名かどうかを聞いても意味が無いということだけはわかったな。
俺と七星が廊下を歩いてくると、その先にエレベーターがあったので、俺たちは二人でそれに乗り込む。
そして、七星が31階のボタンを押すと、エレベーターのドアが閉まった。
「かなり高いところにあるんだな」
「はい!スタジオの近くに景色楽しめたりするところもあるので、夜とかだと景色が映えてて良い感じですよ!」
確かに、こんな都会にあるビルで、31階からの景色ともなれば俺のような一般人がそうそう拝むことができないような景色が見られるのだろう。
そんなことを話しながら廊下を歩いていると────
『七星一羽様 撮影時間11時〜13時』
と書かれた紙の貼ってあるドアの前までやって来た。
……わかっていたことだが、本格的に撮影スタジオといった感じの雰囲気だ。
七星は、そのドアのドアノブに手を掛けると、俺の方を見て言った。
「人色さん、今日だけですから、ちゃんと私の恋人として振る舞ってくださいよ!」
「わかってる」
そう、俺は今日だけ七星の恋人として振る舞うだけだ。
七星がドアを開けたため、俺と七星は二人で一緒に撮影スタジオに入った────今日限りで終わる、恋人関係として。
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