第17話 関係者

◇真霧side◇

 翌日の日曜日。

 俺は、前髪を上げるヘアセット等の準備を済ませると────七星からメッセージで送られていた撮影スタジオに向かっていた。

 時間は、七星から送られていた撮影の時間が11時であることを考えれば少し早めだ。

 当然、七星のモデルの撮影が見たいというわけではないが────


「もし私と過ごしてる時間が少しでも楽しいと感じてくれてたなら、明日の撮影見に来てください」


 あんなことを言われたら、見に行かないわけにはいかない。

 自分でもどんな基準なのかわからないが、俺の中には吐いてもいい嘘と吐いてはいけない嘘がある。

 存在自体を偽っている俺は一般的に見たら吐いてはいけない嘘を吐いている存在なんだと思うが、俺の基準はそこじゃない。

 相手を傷つけるかどうか、悲しませるかどうか……ようは、その嘘のせいで他人に迷惑をかけてしまうかどうかということだ。

 俺の存在を偽ったり、俺が平凡なフリをしたりする分には、他人に迷惑をかけてしまうことは無い。

 だが、今回のケースでもし俺が七星の撮影を見に行かなければ、俺は七星と過ごした時間を楽しくないと七星に伝えることと同じになってしまう。

 本当に楽しくなかったなら、正直なことを伝えているだけということで良かったのかもしれない……が。

 ────そうでは無かったため、吐いてはいけない嘘を吐かないためにも、俺は今日七星の行うモデルとしての撮影を見に行かないといけない。

 俺が電車に乗り、電車から降りて歩きながらそんな思考を巡らせていると、時間感覚が普段よりも早く感じられて、いつの間にか七星に送られたスタジオの場所の前に到着していた。


「……ビル、か」


 その場所は、とても高いビルで、外装も綺麗だ。

 都会にある綺麗な高層ビルと言われればほとんどの人がこのビルを想像するだろう。

 実際に都会にあるビルなため、それも当然と言えば当然なのかもしれないが、そんな中でもこのビルはとても綺麗な部類に入る。

 こんなビルの中にある撮影スタジオで撮影ができるほどのモデルである七星はすごいなと思いながらも、俺がそのビルの前に立っていると、七星から送られてきた時間の十分ほど前に────俺の名前を呼ぶ小さな声が聞こえてきた。


「と、人色さん……?」


 そんな小さな声だ────が。

 その次の瞬間、その人物は俺の方に走ってきて大声で言った。


「人色さん!!き、来てくれたんですか!?」


 七星は、驚きを隠せないといった表情でそう言った。


「あぁ、楽しいと感じてくれてたなら撮影を見に来てくださいと言われたら、見に来ないわけにはいかないからな」

「っ……!人色さん!!」


 七星は、驚愕から歓喜という感情へ表情を変化させると、頬を赤く染めて嬉しそうに俺に抱きつこうとしてきた────が、俺はそれを横に避けて回避する。


「悪いが、どこに七星の関係者が居るかわからないこんなビルの前で七星に抱きつかれるわけにはいかない」


 七星がどの程度に有名なモデルなのかはわからないが、少なくともこんな都会のビルにある撮影スタジオを使えるレベルに有名なのであればおそらくスクープとしては十分な材料になってしまうだろう。


「もう!今のはそういうの気にせず抱きつかせてくれる場面じゃないんですか?」


 呆れたような表情でそう言いながらも、声色には嬉しさが滲み出ていた。

 そして、明るい笑顔で言う。


「でも────嬉しいです!人色さん、来てくれてありがとうございます!!」


 ……嘘偽りの無い、七星一羽の本当の笑顔。

 この笑顔には────思わず、目を奪われてしまいそうになるな。


「お礼を言われるようなことじゃない」


 そう思いながらも、俺は落ち着いてそう言うと、七星は俺のことを嬉しそうに見つめていた。

 そして────少し間を空けてから、何かを思い出したように気まずそうな表情になると、口を開けて言った。


「えっと……あの、人色さん……昨日人色さんのこと撮影に誘った時は人色さんが来てくれない可能性の方が高いと思ってましたし、あの時はそもそもこのことも頭から抜けてたんですけど……」

「あぁ、なんだ?」

「その……撮影スタジオに入れるのは、基本的にその関係者だけなんです」


 誰でも入れてしまえば、色々とトラブルが生じてしまうためそれはそうだろう。


「俺は七星の友達っていうことで入らせてもらえるんじゃ無いのか?」


 てっきりそういう扱いでスタジオに入らせてもらえるんだと思い込んでいた俺は七星にそう聞いてみるが、七星は気まずい表情をやめずに言う。


「友達、とかでもダメなんです……家族とか、親族とかなら大丈夫なんですけど……」

「……それは難しいな」


 友達とかならまだしも、家族や親族と偽るのはかなり難しい。

 仮にその場で隠し通せたとしても、後からその嘘がバレてしまえば問題になる。

 俺がそう考えていると、七星が大きな声で言った。


「で、でも!一つだけ、家族でも親族でもなく、撮影スタジオに入れる関係者が居るんです!」

「そうか、それはどんな関係者なんだ?」


 俺がそう聞くと、七星は頬を赤く染めて恥ずかしそうにしながら言った。


「モデルの恋人、です……」

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