第16話 試着室

 七星とご飯を食べ終え、店から出て歩きながら俺たちは話す。


「今日のところも美味しかったですね〜!」

「あぁ」

「でも、前に人色さんと一緒に行ったところも美味しかったですよね〜!」

「そうだったな、前はソテーを食べたんだったか」

「はい!一緒のソテーを食べました!」


 七星は一緒の、という部分を強調するように言った。

 そして、そんな会話をしばらくしていると、俺は一度足を止めた。


「人色さん?」


 それに合わせて、七星も足を止めたため、俺は────ポケットからカードキーを取り出す。

 それを見た瞬間、七星は先ほどまでの楽しそうな表情を暗くして言った。


「そう、ですよね……元々、今日はそれを返すためだけに、人色さんは私と会ってくれてるんですもんね」

「そうだ」

「……」


 七星は、暗い表情をしたまま、俺からカードキーを受け取った。

 七星には悪いが、これで俺はもう七星と関係を絶ち、かつ霧真人色という存在を完全に消すことができる。

 あとは、俺がこの場を去るだけで────


「人色さん!……一つだけ、良いですか?」


 俺がこの場を去ろうかと考えていた時、七星がそう聞いてきたため、俺は少し間を空けて言う。


「……あぁ、なんだ?」


 すると、七星は今の自らの感情を誤魔化すように大きな声を出して言った。


「もし良かったら、明日の私の撮影、スタジオまで見に来てください!モデルの撮影を直接見ることができる機会なんて、なかなか無いと思うので貴重な機会ですよ!」

「それは楽しそうだな、考えておく」


 俺がそう伝えると、七星は笑顔になった────が、それは先ほどまでの笑顔とは違い、明らかに取り繕った笑顔だった。

 ……俺は一言も七星と会いたく無いという旨のことを口にしてはいないが、おそらく七星はもう俺が七星と会わないと考えていることを確信しているんだろう。

 だからこそ、今の俺の言葉が嘘だと考えているはずだ。

 だが、それも俺には関係の無いこと。


「もしかしたら行くかもしれないから、良かったらそのスタジオの場所をメッセージで送っておいてくれ」

「……はい!」


 俺は表面上、七星の感情が揺さぶられないように言葉を伝え、七星は表面上自分が暗くなっていることが俺に悟られないように取り繕った笑顔をしている……こんな嘘に塗れた空間を作ってしまっているのは間違いなく俺のせいで、七星にこんな笑顔をさせてしまっているのも俺のせいだ。

 だが、もう二度とそんなことをさせないためにも、俺はもう二度と霧真人色としては七星と合わない。

 俺は、今度こそこの場を去るために駅の方へ足を進めた。

 すると、七星も俺の隣を歩いてきた。


「私も、人色さんと駅一緒なので一緒に帰ります!」


 と言った七星だったが、すぐに足を止めて言った。


「……って言いたいところですけど、せっかく街に来たので私はもう少し街を堪能します」


 ────七星からの俺に対する最後のシグナル。

 ここで俺が「そうか、なら俺ももう少し七星と一緒に街を楽しもう」と言う事、それが七星の望んでいる事だろう。

 だが────


「そうか」


 俺はそれには乗らない。

 どこまでも七星との関係を絶とうとする俺に対し────七星は少し涙声になりながら言った。


「人色さん……ちゃんと撮影スタジオの場所と撮影の時間を送るので、もし私と過ごしてる時間が少しでも楽しいと感じてくれてたなら、明日の撮影見に来てくださいね」

「……待て、それは────」

「失礼します!」


 そう言うと、七星は俺の元から顔を隠すように走り去ってしまった。


「……」


 行かなくていい、俺が七星のことを無視して明日行かなければ、もうこれ以上何も拗れずに済む。


「楽しいと感じてくれてたなら、か……それだと、もし行かなかったら俺が七星と過ごしてた時間を楽しく無かったと解釈するってことか?」


 いや……だとしても、それは俺に関係の無いことだ。

 七星が俺の感情をどう解釈しようと、俺には関係が無い。


「……」


 そう言い聞かせながら家に帰った俺は────七星からメッセージで届いていた撮影スタジオの場所と撮影の時間を確認した。



◇七星side◇

 一人街のショッピングモールへやって来た七星は────撮影スタジオの場所と撮影の時間を霧真に送ると、ショッピングモールにある服屋で、気に入った一着の服を手に取るとそれを持って試着室の中へ入った。

 そして、それを鏡で自分に合わせながら言う。


「これだったら、人色さんも私のこと可愛いって思ってくれるかな〜!うん、私に似合ってるよね!」


 そう言って笑顔になった自分のことを鏡で見た七星だったが────すぐに抑えていた涙が流れてくると、膝を崩してその場にしゃがみ込むようにしながら呟く。


「人色さん、どうして……私と普通にご飯食べて話してる時は、楽しそうにしてたじゃん……それなのに……人色さんのバカ……!」


 その後、七星は少しの間試着室に留まった。

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