第12話 図書室

 霧真人色として七星と会う土曜日まであと数日となった今日。

 俺は、ここ数日間、学校の中で完全に七星のことを避けることに成功していた。

 時には朝のチャイムギリギリに教室に入り、時には屋上へ行き、時には中庭に行き────そして、今日は図書室に来ていた。


「休み時間に一人で図書室に来る男子生徒……とても平凡な響きだ」


 図書室なら、七星の性格を考えれば来る確率は限りなく少ないため、心を落ち着かせて読むことができる。

 俺は適当な本を図書室の中から取ると、図書室の椅子に座って本を読み始めた。

 とは言っても、読み始めた本は図書室の中から取った本ではなく、持参していた本だ。

 高校生が読むには少し小難しい本なため、何も隠さずにこの本を読んでいれば少し平凡とは言えない。

 だが、俺は図書室の中から適当に取った本を重ねているため、第三者から見た俺は図書室にある本を読んでいる平凡な学生ということになり、実際は俺は読みたい本を読めている……まさに、平凡と俺の欲望を同時に行うことができている、理想の時間だ。


「ねぇねぇ、君もそういう系興味あるの?」

「……」


 前方から俺に向けて女子生徒の声が発せられているような気がするが、俺には図書室で突然前方から声をかけられるような関係値の人物は存在しないし、知っている人物の声でもないため、おそらく俺ではなく俺の近くや俺の後ろの席などで本を読んでいる人物が居るんだろうと仮定し、その人物に声をかけているんだろうと認識することにした。


「私もさ、ちょうど今日そういう系の本借りに来たんだよね〜」

「……」


 俺が、できることならもう少し静かに話して欲しい、もしくは俺から離れて欲しいと思いながらも読書を継続していると────


「ぁ……?」


 突然両頬を引っ張られた。

 頬を引っ張られた俺は、そのまま読書を続けるわけにもいかず、俺の頬を引っ張ってきた前方に居る人物に目を向ける。

 ……明るい水色髪を一括りにした女性。

 どこか余裕の見える表情。

 華の女子高生というイメージの七星とはまた違う、どこか大人びた顔立ち。

 ……やはり、知らない人物だ。

 目の前の人物の顔を見てから数秒の間にそんなことを考えていると、目の前の水色髪の女性は俺の頬を引っ張りながら話し始めた。


「君、一年生でしょ?私二年生、無視したら二年生のお姉さんがこのまま君の頬引っ張り続けちゃうよ?」

「……」


 俺が、とりあえず話を聞く姿勢を見せるべく二度ほど頷くと、水色髪の女性は再度話し始める。


「それで?君、そういう系の本読んでるってことは、もしかして君もスポーツ系の能力が認められてこの学校に入って来たの?」


 そういう系の本、運動系……そうか。

 俺は、今俺が読んでいる本────を隠すために適当に取った本の表紙に目を通す。

 その本は『体力の身に付け方』という本だった。

 そして、この人は「君もスポーツ系の能力が認められて」と言っていたから、きっと何かしらスポーツ系の能力に秀でている人なんだろう……それで、図書室に来たらスポーツ系の本を読んでいる俺が居たから、話しかけてきた。

 なるほど、話が見えたな。

 そういうことなら話は簡単だ。


「違います」


 こう答えるだけで良い。

 こう答えるだけで、この人は俺から一気に興味を失い、俺はまた理想の時間を楽しむことができる。

 俺は、再度脳を会話脳から読書脳へと切り替え────


「またまたぁ〜、特高に入れるぐらい凄いんだから、恥ずかしがらなくても良いのに〜」


 ……まさか信じてもらえないとは予想外だったが、俺の言うことは変わらない。


「本当です」

「そうなんだ?」


 俺が本当だと言い続ける限り、この人にそれを嘘だと言える根拠は何一つ無いため、この話で切り崩されることはまず無い。


「でも、そんな本読んでるぐらいだからちょっとはスポーツ興味あるんでしょ?」


 ……スポーツに興味が無いのにこんな本を読んでいるのは不自然になってしまうため、ここは興味があるということにしておこう。

 スポーツに興味がある人物なんて、この学校には俺以外にもいくらでもいるため、そう答えるだけなら特に問題は無いだろう。


「少しは」


 俺がそう答えると、目の前の水色髪の女性は微笑んで言った。


「そんな君には、お姉さんからプレゼントをあげよう〜!」


 そう言うと、俺に一つのチケットを差し出してきた。


「……これは?」

「私が二週間後に出る大会のチケット、女の子の友達にはあげて、あと一枚余ったから誰か一人ぐらい男の子にも応援して欲しいなって思ってたけど、私男の子の知り合いとか全然居なくて、あんまり知らない人に大会見られるのも恥ずかしいからさ〜」


 ……よくわからないが、どう考えても俺にとってプラスのある話では無いため、俺はその提案を断ることにした。


「二週間後はちょうど忙しい時期なので、すみませんけど他を当たって────」

「あ〜!私、次移動教室だった!本借りたかったのに〜!でも仕方ないよね〜!じゃあ、私もう行くけどこれも何かの縁だから、困ったことがあったらどんなことでも一つ上のお姉さんに頼ってね〜!」


 そう言うと、図書室から去って行った────チケットを残して。


「……そんな強引に渡されても、俺は行かないからな」


 だが、チケットをこのまま図書室に残しても良いものか……大会のチケットということなら、何か悪用されてしまうかもしれない。


「……」


 俺は、一応そのチケットを制服のポケットに入れて、もう読書をする時間も無かったので、図書室から取った本を元あった場所に戻すと図書室を後にした。

 二週間後のことは二週間後に考えるとして、今は七星と関係を絶ち、霧真人色の存在を消すことに集中するとしよう。

 そして、真霧色人として七星のことを避け続け────金曜日。

 ようやく七星と関係を絶ち、霧真人色という存在が消える日がやって来る日の前日。

 俺はここ最近行っていた七星のことを避けるということを、当然今日も続けていた。

 そして、休み時間になると、すぐに教室から出るべく俺は早歩きをする。

 七星と俺の席は遠いため、こうすれば七星のことを避けられ────


「真霧、聞きたいことがあるんだけど……最近、私のこと避けてるよね?」


 と思った時、教室の出入り口を七星に塞がれてしまい、七星からそう問われてしまった。

 ……厄介なことになったな。

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