第11話 不思議

 ────前髪に触れられそうになった俺は、反射神経をフルに使ってその七星の手を回避する。


「わっ!」


 突然俺が高速な動きを見せたことで、七星は驚いた様子だった……自分で言うのもなんだが俺は運動神経が良く、それは反射神経も例外ではないため、今俺は七星に反射神経の一端を見せてしまった────が、咄嗟のことだったことに加えて、座っている状態で見せた反射神経だけでは、俺が平凡なフリをしていると疑いをかけられることは無いと考えても良いだろう。


「ま、前髪触られるのそんなに嫌だったの?」


 動揺した様子でそう聞いてくる七星に対して、俺は言う。


「あぁ、前髪が無いと落ち着かないんだ、この前髪は俺の体の一部のようなものだ」


 俺が、前髪に触られたくない本当の理由を誤魔化すためにそう言うと、七星は笑いながら言った。


「あははっ、何それ!ていうか、前髪は元から体の一部じゃん!」


 そう言って笑った後、七星は安堵した様子で言った。


「良かった、もしかしたら私真霧の嫌なことしちゃったのかと思ったけど、その調子なら大丈夫そうだね〜」

「心配要らない」


 俺がそう言うと、七星はさらに安堵した様子だった。

 七星一羽という人物が優しいことを俺はもう知っていたため、あそこで正直に「あぁ、前髪には触られたくない」と答えていれば七星は多少なりとも自責してしまっていただろう。

 俺の誤魔化し方は正解だったと俺も今の七星同様に安堵していると、七星は安堵したことで先ほどの件を忘れたのか、表情を明るくして言った。


「ていうか、真霧って不思議だよね」

「……不思議?」


 平凡で居たい俺にとって、不思議と言われることは耳を傾けざるを得ないほどの重要案件だ。

 まだ真霧色人としては少ししか七星と話していない状態で、七星に不思議と思われている点があるのであれば今後はそこを無くさなければならない。

 俺が次の七星の言葉に耳を傾けると、七星が言った。


「うん、他の男の子と違って、私のこと職業とか見た目で見てない感じがする」


 そういえば、そんなことを霧真人色として七星と街に出ているときにも言われたな。


「話すことに職業も見た目も関係ないから、それを気にしないのは普通なんじゃないか?」

「……そう、なはずなんだけどね」


 七星は、どこか諦めたように微笑した。

 ……それが不思議と思われる要因となってしまっているのであれば無くしたいところだが、このことに関しては無くすのが難しいことなのかもしれない。

 どこか諦めたように微笑していた七星だったが、次に微笑むようにして言った。


「真霧、ちょっとだけ私が土曜日にご飯食べに行った気になる人と似てるかも」


 本気で言っているわけではないが、俺は一応それをしっかりと否定しておく。


「七星が気になってる人にそんなことを言ったら失礼だからやめておいた方がいい」

「あはは、あの人はそんなこと気にしないと思うよ?それに、真霧みたいな普通な感じじゃなくて、あの人はすごい人だから!」

「俺が普通、か……ありがとう、七星」

「え、何が?」


 普通と言われたことに感謝を伝えたつもりだったが、普通という言葉は本来褒め言葉では無かったことを忘れてしまっていた。


「なんでもない」


 俺がそう言うと、七星は微笑んで言った。


「全然話したことなかったけど、真霧って面白いね」

「面白いことを言ったつもりはない」

「その返しがもう面白いよ……うん!私、真霧のこと嫌いじゃないよ!」


 七星は、とても明るい笑顔でそう言った────その笑顔に、クラスの生徒たちが目を奪われていた。

 まずい……クラスの生徒たちから目を奪われている存在と話している生徒なんて、平凡から程遠い!

 俺がどうすべきかと悩んでいると、朝のチャイムが鳴ったので七星は俺に「じゃあね、真霧!」と言って自らの席へ戻って行った。

 チャイムのおかげでどうにかなったが、俺と七星が話しているところが記憶に残っている生徒も居るだろうから、少なくともこれから数日間は七星のことを避けて生活することにしよう。

 ────その日の放課後、俺は霧真人色として七星にメッセージを送った。


『今週の土曜日に会おう』


 次の土曜日こそ、俺が七星と関係を絶ち、霧真人色という存在を完全に消す日となる。

 ────消さないといけないんだ。



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