第9話 カードキー

「……」


 できるだけ自然に言ったつもりだったが、七星には見抜かれてしまったらしい。

 だが、俺がそれを認めない限りは嘘だと決定付ける証拠は生まれないため、俺はそれを否定する。


「俺がそんなことで嘘を吐く理由がない」


 俺がそう否定すると、七星が言った。


「……例えば、もう私と会いたくないけど、表面上は穏便に済ませようって思ってたとか」


 ……見事に的中しているが、知らないフリをしておくのが正解だ。


「俺が七星と会いたくないと思う理由がどこにあるんだ?」


 俺がそう聞くと、七星はすぐに口を開いて言った。


「だって、私……今日ちょっとテンション変だったし、初めて男の子と出かけるっていうので緊張しちゃったり、でも逆に舞い上がっちゃったりもしてて……そんな私のことを見て、人色さんが引いちゃったとかなら十分可能性はあると思います」


 俺が七星と会いたくないと思っていることと、表面上は穏便に済ませようと思っていることは事実だが、俺が七星と会いたくないと思っている理由は見事に外れているな……まぁ、まさか霧真人色という人物の存在を消して、平凡な日常に戻りたいからなんて見破れるはずもないが。


「そんなことは思ってない」

「だったら……彼女さんが居る、とかですか?」


 彼女……彼女が居ることにするのはアリかもしれないが、彼女とのツーショットを見せてくれと言われたら終わり。

 最近付き合い始めたばかりだからツーショットが無いという言い訳も、七星とツーショットを撮っている時点で不自然になるため使えない。

 それらのことを考えた結果、俺はその七星の言葉を否定するように言う。


「居ない」

「だったら、どうして私と会いたくないって思うんですか!?」


 七星は、悲しそうな表情と声音で言った。

 ……俺も、今日七星と一緒に過ごした時間は楽しかったが、それ以上にこれ以上七星と会ってはいけない理由の方が大きい。

 だが、それを伝えるわけにもいかないため、俺は嘘を吐く。


「そもそも、俺は七星と会いたくないなんて思ってない」

「……じゃあ、次も私と会うって約束してください!」

「あぁ、約束する」


 約束と言っても、口約束……七星には悪いが、俺は平凡に戻るためなら口約束ぐらいは破らせてもら────


「約束してくれるなら、これ受け取ってください」


 そう言って七星に手渡されたのは『七星一羽』という名前と共に笑顔の七星の顔写真が貼られているカードだった。


「これはなんだ?名刺、のようにも思えるが材質が紙じゃない」


 俺がそのことに不思議を感じていると、七星が言った。


「それは、来週の日曜日、私のモデルとしての撮影で使うスタジオに入るためのカードキーです」

「スタジオに入るためのカードキー……?どうしてそんなものを俺に渡したんだ?」

「もしまた私と会ってくれる気があるなら、来週の土曜日までの間で人色さんの空いてる日を私にメッセージで教えてください……その時にそのカードキーを人色さんに返してもらいます」

「俺にこのカードキーを預けるってことか……?だが、もし俺が返さなかったらどうするつもりなんだ?」

「人色さんが私と次も会ってくれるって言うんだったらそんな心配必要無いと思いますけど────もしそうなったら、私のモデルとしての信頼に傷が付くだけです」


 俺が七星と次に会って七星にこのカードキーを返さなかったら、七星のモデルとしての信頼に傷が付く?

 ……俺のせいで周りに迷惑をかけるわけにはいかない。


「返す」


 そう言って、俺は七星にカードキーを返そうとした────が、七星は両手を後ろに回して言った。


「今日返すのは反則です!ちゃんと後日会うときに返してください!じゃあ、またお会いしましょう!人色さん!」

「お、おい!」


 七星は、俺から距離を取って俺に手を振ると、この場から走って行ってしまった。


「……やられたな」


 ────どうやら、俺はまだ七星と関係を絶つことはできず、霧真人色の存在を消すこともできないらしい。

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