その視線に悲鳴をあげた

椛猫ススキ

その視線に悲鳴をあげた

 私が三十代のころのことだ。 

仕事が休みの土曜日の午前中は辛かった。

昼まで寝ていたいのに祖母に叩き起こされ寝ぼけ眼で車を運転し整形外科まで行かなければならなかったからだ。

 強い祖母も寄る年波には勝てず体のあちこちにガタがきていて、整形外科でリハビリをしないといけなくなったのだ。

 その送迎係が私だった。

以前は母が行きで迎えが私だったのだが、母が病気で視力が低下してしまい運転が出来なくなってしまったのだ。

 祖母には悪いがそれが結構きつかった。

当時は会社や仲間たちとの飲み会が週末の金曜日にあるのだ。

終電まで飲み続けてべろべろだったなんてざらだった。

その翌日に朝の七時半とか起きれるわけない。

それを無理矢理起きて運転しているのだからよく事故を起こさなかったなと思う。

 そんなある日のことだった。

いつものように整形外科に迎えに行くと祖母がいない。

リハビリが終わってから電話をよこすから終わってないことはない筈だ。

しばらく車で待っていたが十分たっても出てこない。

これは院内で友達と喋っているなと思い迎えに行った。

 この整形外科は個人病院で一軒家を改装して作られているため少しばかりこじんまりとしている。

ドアも自動ドアではなく家庭用の木製のものだった。

私は病院のドアを開けていつものように祖母を呼んだ。

「おばあちゃーん…うわあぁぁ!!」

 祖母を呼んだ瞬間、待合室にいた老婆が十数人一斉に私を凝視したのだ。

黒髪の、白髪の、腰が曲がった、皺が深い、包帯を巻いた、眼帯をつけた、化粧をしている、点滴をつけた、帽子をかぶった、様々な老婆の視線がすべて私に集中したのだ。

本気で怖かった。

院内が少し薄暗かったのもあるが十数人の老婆の視線は恐ろしい以外のなにものでもなかった。

 そうなのだ。

そこにいるすべての老婆がだいたい誰かのおばあちゃんで迎えを待っているのだからそこでそう呼べば振り向くのだ。

もちろん、老人だっているのだがその日は少なかったような気がする。

 あの時の私、よく失禁しなかったなと思う。

「はい、おまたせよ」

 私の悲鳴もなんのその祖母はにこやかに立ち上がった。

「落ち着きのない孫だけど送り迎えはしてくれるのよ」

 出てこないと思ったら知り合いにマウントとってやがった。

散々だ。


 余談である。

やらかしたことがある。

夏のある日、祖母を整形外科に送った帰りにコンビニによって飲み物とパンを買った。

店員がなぜかじっと見てくるなと思ったが気にせず会計した。

車に帰る途中で、それに気がついた。

 やべえ恰好をしていることに。

Tシャツとジャージのズボン。

それだけならいいのだ。

それだけなら。

そう、その日は完全にアニメのやつだったのだ。

 Tシャツは当時激ハマリしていた戦国BA〇〇RAの伊達政宗公がヤッハー決めていて、ズボンは銀〇の坂田銀〇氏が決め顔していたのだ。

そら、凝視するわな…。

 膝から崩れ落ちるってこんな感じ、を実感した。

あのコンビニ、当分行けない…。

どうりでじろじろ見ていたはずだわ…。

あの日のコンビニ店員の記憶を消してほしいと切に願う。



 

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