第5話 復活! 呪禁師、橘 惣次郎
翌朝。
奏人たちは、神社の最寄り駅で待ち合わせ、そのまま玉法神社へと徒歩で向かうことにした。
黒の半袖VネックTシャツにデニムという奏人。そして、白Tシャツにデニムワンピースという菜奈もまた、ラフな夏らしいスタイルで決めている。
朝一番がどれくらいなのかよく分からなかった為、なるべく早めに待ち合わせたのだが、ほとんど眠ることが出来なかった二人の足取りはかなり重い。
「結構、距離あるねぇ……」
奏人の少し後ろで、スマホを見ながらうんざりしたように顔を歪めた。そんな菜奈に対し、奏人はあくびをしながら答える。
「だからって、タクシー使うほどじゃねえからな。このまま歩くぞ」
「うん。そだね……」
「え、どうした?」
「何が?」
「いつもなら、暑いからタクシー使おう。とか言って来そうなところじゃん」
後方をちらりと見る奏人。菜奈は、足早に奏人を追い抜くと、顔を顰めべーっと舌を出した。
「ったく、うっさいなー。寝不足でイライラするから話しかけないで」
「お前だろ、話しかけて来たのは」
奏人が視線を逸らしながら呟く。と、突然、遠くから鈴の音がして二人は足を止めた。すかさず、少し先を歩いていた菜奈が素早く踵を返し、奏人の腕に自らの腕を絡めた。
「ね、聞こえた?」
「ああ。今も聞こえてる……」
「い、急ごう! 星南」
「だな」
意を決したように頷き合うと、二人は息を弾ませながら、走るように神社を目指したのだった。
それから、数十分後。
やっと、目当ての神社に辿り着いた二人は、境内奥へと足を踏み入れた。
「この神社って、陰陽師と関係があるんだね」
周りには、陰陽師所縁の地であることが分かる幟がいくつか見えてくる。
この神社は、平安時代中期に創建され、安倍晴明によって神仏の来臨を願った場所であり、所縁の地として有名だ。しかも、この界隈では一番の古さを誇る。
たしか、夢の中で男が何か呪文のようなものを唱えていたな。あれって、もしかして、陰陽道と関係があるのかもしれない……。奏人は、そんなことを考えながら本堂手前で足を止めた。
「誰もいない神社ってのは、なんか寂しい感じがするよね。それに、一気に汗が吹き飛ぶくらいの冷気を感じるっていうか……」
境内を見回しながら、菜奈が不安そうに呟く。奏人も同じ思いだったが、それを悟られまいとわざと明るく振舞った。
「大丈夫。化け物も、お前みたいな口うるさい女には寄り付かないだろうから」
「なっ、いちいちそういうこと言うのやめてくれない?」
「元気出たじゃん」
「ぬぅ。あんたってほんとムカつく……」
ふんっと、明後日の方向を見遣る菜奈を横目に、奏人は苦笑をこぼした。その時だった。突然、辺りに霧が立ち込め、一瞬だが突風が吹き荒れた。異様な雰囲気に、菜奈が怯えて奏人の胸元に飛び込んでいく。
「ななな、何?! さっきまで晴れてたのにぃ……」
奏人は、前方からやってくる和装の男を目で捉えながら、縋りついてくる菜奈の肩を優しく抱き寄せた。
「誰か来る……」
「え?」
顔を上げ、ゆっくりと後方を振り返る菜奈。男を見つけるや否や、今度は奏人の腕をすり抜け、その背中を盾にするようにしてまたチラリと男を見遣る。
「お
「……どこかで会ったことがあるような気がする」
奏人たちと同世代だろうか。まるで宮司のような様相、藍色の樹木布で誂えられた
男は、警戒し続ける二人の前まで歩み寄ると、静かに口を開いた。
「……また、逢えたな」
無邪気な笑顔。涼やかな優しい声に、二人は一瞬、ぽかんとしてしまう。が、すぐに気を取り戻し、奏人は更に菜奈を庇うようにして睨みつける。
「どういう意味だ。あんた誰なんだ」
「我の名は、
「はあぁ?!」
惣次郎の一言に、二人はほぼ同時に驚愕の声を発した。そうなってしまうのも無理はない。これまでの概念というものを覆されてしまったのだから。
「其方らに逢えることを心待ちにしていたぞ。
*
その後、奏人は訳が分からないまま、菜奈と惣次郎を引き連れ祖父の家へと出向き、雄一郎から星南家の歴史を知らされることとなった。
出逢って間もない、橘 惣次郎という男は、平安時代後期に安倍晴明たちと共に悪鬼と戦い、傷ついた同志らを癒していたとされる
鈴の音が聞こえた奏人たちと同じように、今頃は、全国に散らばっているであろう導かれし仲間たちも困惑状態にあるだろうことなど。今の奏人たちには、どれも信じがたいことであった。が、普段は冗談好きな雄一郎の、ド真剣な眼差しを前にして、その話の全てを信じるほかなかった。
「いつの世も、人々の欲が怨念となり、魔を呼び覚ます……と、いうことだな。惣次郎が復活したのもその為だろう。こうなれば、現代に蘇った妖どもを再び闇へと
雄一郎の、こんなにも真剣な顔を見るのは初めてだった。奏人が戸惑いをみせるなか、よいか奏人。と、今度は柔和な顔で諭すように言った。
「ここいる惣次郎と、菜奈ちゃんと。全国にいるであろう仲間たちと共に、燿汪を倒すこと。それが、星南家に生まれたお前の天命だと思え」
「……俺の、天命?」
「代々、伝えられてきた武勇伝が孫の代で真実だったと分かっただけでもどえらいことだが。しっかし、羨ましいのぉ」
「何が?」
「お前がだ、奏人。千年の時を経て、今よみがえる夜叉伝説! と、でもいうべきか」
雄一郎特有の、かっかっかっと、いうコミカルな高笑い。何が夜叉伝説だよ。と、奏人と菜奈が顔を見合わせ苦笑し合う。
「ガキの頃にしてくれてた話って、ガチ話だったのかよ……」
「わしも、こうして惣次郎と会うまでは半信半疑だったが。お前たち父子に剣の道を説いてきたのは、この日を迎えることを前提に考えていたからだ」
雄一郎は、深い溜息をこぼし、すぐに真顔でさっきの続きとばかりに厳かに口を開く。
「まずは片翼の鳥だな。あとは、惣次郎に任せる」
一通り話し終えたのか、すぐ傍の縁側へと向かい、眩しげに青空を見遣った。
「片翼の妖、比翼の鳥は雄じゃ。天へと昇る為、もう一つの
惣次郎は、そう言って大きな紫色の風呂敷包をテーブルの上に置き、するするとほどいていく。中から二刀現れ、奏人と菜奈に一刀ずつ手渡した。
「これは、魔真剣じゃ。常に、肌身離さず持っているがよい」
「お、重っ。私にも?」
「菜奈殿も、選ばれし者のようだからな」
「私、本物はまだ扱ったことがないし、今後も扱うつもりはないんだけど……」
「案ずるな。それは、其方らの想いに同調する」
それこそ、意味が分からない。二人は同時に頭を捻った。刀が自分たちに合わせてくれるとでもいうのだろうか。
「あのさ、肌身離さずっていうけど……こんなの持って外歩けないでしょ」
そう、菜奈が呟いた。途端、菜奈の手にしていた刀がスマホほどの大きさに変化した。
「ど、どうなってんの!?」
「言うたはずじゃ。其方らの思いに同調すると」
「じゃあ、私がまた元の大きさに戻したくなったら、その通りになるってこと? なんか、魔法みたい……」
呆気に取られたままの菜奈の隣、奏人もまた刀を見つめる。と、今度はキーケースくらいになり、唖然としたまま開いた口が塞がらない状態である。
「妖術くらい使いこなせねば、
真顔で言い張る惣次郎に、奏人も菜奈も、げんなりとしながら溜息をこぼした。
「まだ頭ん中消化出来てねーけど、行くしかねぇか」
「そうね。漫画みたいでこんなのアリ? って感じだけど……」
摩訶不思議で、奇想天外な。いつもと変わりない
「それでは参ろうか、妖退治に」やる気満々で立ち上がる惣次郎に、菜奈が慌てて制する。
「ちょい待ち。
菜奈からじとーっとした目で見られ、惣次郎はほんの少し考えると、満面の笑顔で答えた。
「このまま行くに決まって──」
「だぁーめ! 絶対に着替えてもらうからね。帰りの電車の中で、超ぉぉ恥かいたの忘れたの?! 何あれ、コスプレ? とか、ヒソヒソ言われてたじゃん! あと、その髪型も
菜奈は、惣次郎を半ば強引に座布団へ座らせ、奏人を指さす。
「服とかは彼に貸してもらって! 星南、惣ちゃんに何かよろしく」
「分かってるって……」
そんな三人を見て、雄一郎がまた高らかに笑う。それにつられて、惣次郎も楽しげに笑った。
奏人は、笑いごとじゃない。と、笑顔をひきつらせる菜奈を見つめながら、雄一郎の言葉を思い返していた。
これから、どんな未来が待っていたとしても、菜奈を護り続ける。そして、必ず燿汪とかいうヤバい奴を倒してみせる。先祖に出来て、俺たちに出来ないわけがない。
期待と不安が綯交ぜになるなか、自らの天命とやらに向き合う覚悟を決めたのだった。
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