第4話 鈴の音に導かれて②
それから、奏人たちは祐輔から手料理を持てなされることとなった。終始ラブラブな二人に対し、奏人と菜奈だけは気の置けない時間を過ごしていた。
それぞれが帰宅してからも、鈴の音が聞こえることはなかったが、その代わり、不思議な夢に悩まされることとなってしまったのである。
漆黒の闇の中。それは時代劇のセットのような場所で、見知らぬ和装の男女が、鬼のような形相の人間たちと対峙する。と、いうもの。
誰しも、平安時代を舞台にした時代劇などで目にしたことがあるのではないだろうか。藍色の
つまり、髻とは髪を頭の上に集めて束ねた部分をいい、巾子形とは髻を収める突出部分をいう。
「
直垂姿の男が手印を結んだ。刹那、周辺全てがまるで時が止まってしまったかのように変化した。そんな中、彼らは息を弾ませながら砂利道を駆けていく。
小道を抜け、路地裏へと逃げこんだ。その矢先、四方八方を悪鬼たちに囲まれてしまう。
これは夢か。奏人と菜奈、互いの姿は確認出来ないまま。ただ、客観的に彼らを見守ることしかできないでいる。
彼らが、周りにいるすべての悪鬼を倒し終えると、直垂姿の男が九字を唱えながら両手で剣印を結んだ。
「
静寂のなか、低く堂々たる声が響き渡る。それにより、横たわっていた
「次、
直垂姿の男が囁くように言ってまた足早に駆けゆく。と、鎧直垂姿の男と着物姿の女は頷いて、その後に続いた。そんな彼らを
*
一学期 終業式
「と、いうわけで、夏休み期間中も気を緩め過ぎないようにしてくれよ」
担任の青島が、最後に生徒たちの気を引き締める。先ほど終業式を済ませた奏人は、一学期最後のホームルームを迎えていた。誰からともなく教室を後にしていく。が、奏人だけは違っていた。
どうすっかな。昨夜の夢のこと、
「どうした?」
「あ、あのさ……。ちょっと、話したいことがあるんだけど」
そう言って、俯く菜奈の顔色が少し青ざめて見える。
「ちょうど良かった。俺も、お前に話したいことがあったんだ……」
なんとなく、この先を話さなくても二人には暗黙の了解とでもいうか。ぎこちなく、クラスメートたちに別れの挨拶をして、二人は玄関へと急いだ。
下駄箱にて履き替えを済ませ、また並んで校舎を後にする。と、菜奈はこれ以上は待ちきれないとでもいうかのように、周りを見回しながら声を潜めた。
「じつはね、昨夜変な夢を見たんだよね」
「それって、もしかして……和装した奴らが、鬼みたいなのと戦ってる夢?」
「え、なんで?!」
驚愕からか、菜奈はいったん歩みを止め、その場に立ち尽くす。
「俺も、同じ夢を見たんだ。昨夜」
「そんなことって、あり得なくない? 誰かと同じ夢を見るなんて……」
またゆっくりと歩きだしながら、お互いに夢の中での話を確認し始める。二人が同じ夢を見ることはもちろん、現代ではあり得ないことばかりだった。
「これって、私たちの前世とかってオチなんじゃない? 正直、その手の話は信じていないんだけど」
「それもアリかもな。でも、そんな単純なものではない気がする」
「ちょっと、やめてよね。その似合わない顔……」
「って、どんな顔だよ」
「怖くなるでしょ。そんな真顔で言われたら」
不安げに俯く菜奈に、何か声を掛けようとしたが、奏人もまた小さくため息をつきながら俯いた。
しばらく無言で歩き始めて間もなく、最寄り駅を目の前に聞きなれた声がして、奏人はそちらを見遣った。
「奏人! こっちよ、こっち!」
「和子おばさん?」
少し呆気に取られている奏人の隣、菜奈はこちらへ駆け寄って来る奏人の伯母に、ぎこちなくお辞儀をした。
「あら、奏人の彼女?」と、にこやかに言う和子に、二人は、「違う!」と、同時に反論する。
「なぁんだ、違うの?」
こいつとはただの腐れ縁だと言い返す奏人に対して、菜奈も同様に大きく頷く。
「つーか、こんなところで何してんの?」
「何してんの、じゃないわよ!」
可憐な梅の花があしらわれた着物姿の和子が、うんざりしたように顔を歪め項垂れた。少しふくよかで、長い髪を一つに結わいた優し気な雰囲気のこの女性は、奏人の伯母で、祖父の雄一郎と同居している。
「これから、あんたんとこへ行くところだったんだけど、ここで会えたのはラッキーだったわ。なんか分からないんだけどね、あんたにこれを渡してくれって、お父さんから頼まれちゃったのよ」
「じーちゃんから……」
「そうなのよ。しかも、これから歌舞伎観にいくのに今すぐ持って行ってくれって言われちゃってさ。じゃあ、確かに渡したからね。またね、奏人」
奏人は、早口で言い切る和子から昔の書簡みたいなものを受け取り、足早に駅へと戻っていく彼女を見送った。
「おばさんって古風だね。普段から着物着てるの?」
「いや、これから友達と歌舞伎観に行くからじゃね。それより、コレ……だよな」
奏人は今度こそ祖父である、雄一郎からの手紙を開いていく。と、和紙で作られた便箋に、縦に筆書きされていた。
「……明日、朝一番で三上菜奈と共に五方山玉法神社へ来られたし?」
「これだけ? っていうか、なんで私まで一緒に行かなきゃいけないのよ」
「俺だって知らねえよ」
「それに、たった一言の為にわざわざ手渡しなんて。メールか電話でいいじゃんね」
眉間に皺を寄せながら考え込む奏人の隣、菜奈が呆れながら呟いた。
それでも、こうしなければならない理由があったに違いない。そう思い直し、奏人は手紙をバッグの中へとしまいこんだ。
それから、二人は明朝七時に神社の最寄り駅で待ち合わせの約束をし、奏人は菜奈につきそい、家へと向かうことにした。どういう訳か、雄一郎からの手紙を読んでから、不思議な感覚に囚われ始め、知っている場所のはずなのに、まるで、知らない街に迷い込んだかのような不安を覚えたからだった。
「……なんか、星南に送って貰ってるなんて。あり得ないんだけど」
大通りを抜け、狭い路地裏を歩きながら、菜奈がぽつりと言う。と、少し前を歩いていた奏人も嫌そうに口を開いた。
「それはこっちのセリフだっつーの」
「出た! お得意のそのセリフ。もうここまででいいから、あんたもさっさと帰りなさいよ」
菜奈の少し不貞腐れたような声がして、奏人は歩みを止め振り返る。
「あのさ、なんか怖いから家まで送れって言ったのそっちだろ」
「だから、もういいって言ってるの! そこの角を曲がって真っ直ぐ行けばもう着くし」
「ったく、いい加減にしろよな」
軽く悪態をつくも、いつもとは明らかに違う不安そうな菜奈を放ってはおけない。そう思い、今度は奏人のほうから家まで送ると言い聞かせた。
「三上に何かあったら、困るんだよ。だから、今は俺の言うことを聞いておけ」
「なによ。えっらそうに……」菜奈がムッとしながら言い返した。そのとき、再び鈴の音が聞こえ、二人して同時に間合いをつめ合う。
「え、マジ? また?」と、言って菜奈が奏人の腕に手を伸ばす。奏人も、辺りを見回しながら、菜奈を壁沿いに庇うようにして立ちはだかった。
「なんかあるな。やっぱ」
「ねぇ、なんで? どうして私たちだけ」
「だから、俺に聞くなって! 俺だって訳わかんねえんだからさ」
「や、やっぱ……家まで送ってって」
素直に観念したのか、怖さのほうが勝ったのか。菜奈は奏人の腕に自分の腕を絡ませ、半ば引きずるようにして歩き始める。奏人は思った。最初っから、そういうふうに素直になっていれば可愛いのにと。
この鈴の音の正体は何なのか。どうして、自分たちだけに聞こえてしまうのか。奏人は、腕から伝わる菜奈の微熱を感じながら、言い知れぬ不安を抱いていた。
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