第3話 鈴の音に導かれて①
二人を見送り、どんよりと重い足取りでリビングへ戻る。と、ソファーに寝そべるようにして腰かけたまま、奏人お得意の人を見下すような視線と目が合う。
「気が利かねぇな。相変わらず」
「だって、星南と二人きりなんて嫌だったんだもん」
菜奈が視線を逸らしながら言い返した。反応がない。いつもなら、食い気味に「こっちこそ!」などと、言ってくるというのに。
それが気になった菜奈は、いやいやながらも目線を奏人へと移した。奏人は怒っているような、でもどこか寂し気な表情で俯いている。
「……そんなに嫌かよ。俺のこと」
「正直、大嫌い。ひねくれすぎてて、出来れば関わりたくないって感じ」
「悪かったな。性格なんだからしょうがねぇだろ」
「ほら、そうやってすぐに開き直ってさー。そういうところが嫌なの!」
「つーかさ、お前には一生伝わんねえよな」
語気強く、吐き捨てるように言う奏人の、これまでに見たことのない凹んだ顔を目にして、菜奈は軽くたじろいでしまう。
「一生伝わらないって、何がよ」
「……なんでもねえ」
「ちょ、気になるでしょう? 言いなさいよ!」
「なんでもねえつってんの!」
なぜ、奏人がそんなことを言って来たのか菜奈には理解出来なかった。ただ、戸惑いや焦りから、それが顔に出てしまっていることは、自分でも気づいていた。
「……俺も。自分で何言ってんだかわかんねえ」
ただ、初めて見る奏人の少し悲し気な
「星南……ごめん。ちょっと、言い過ぎた」
菜奈は、初めて自分から頭を下げた。それでも、奏人は更に塞ぎ込むように俯いていく。
「ちょ、悪かったって謝ってるでしょ!」
声を掛けながら、ゆっくりと奏人のほうへ歩み寄る。と、奏人が何かを呟いた気がして、顔を覗き込もうとした。その途端、突然、腕を取られた菜奈は、思わず驚き後退った。
「な、何すんのよ!」
「しっ!」
奏人から食い気味に制されると、どういうわけか腕を引き寄せられ、コケるようにして膝からソファーに頽れる。
「は、離してよ! 星南っ」
「なぁ、聞こえないか?」
「何が?」
「鈴の音が……」
眉間に皺を寄せながら周りを見回している奏人の声は、微かに震えている。菜奈は、訳が分からないまま抵抗し続けるも、次の瞬間、遠くでチリーンという不気味な鈴の音が聞こえたような気がして、もう片方の手で奏人のシャツを掴み胸元にしがみついた。
「今、なんか不気味な……風鈴みたいな音がしたんだけど……」
「三上にも聞こえたのか? 聞こえたんだな?」
「ちょ、星南! とにかくこの手を離してってば!」
「あ、ごめ……って、離せてないのはそっちだろ」
「え? あ、ごめんっ」
お互いに急いで距離を置く。いまだ警戒するように辺りを見回している奏人が気になり、菜奈も耳を澄ましてみる。と、今度はさっきよりも強く、直接脳に響いてきたことに微かな恐怖を覚えた。
「……なんなの、これ」
菜奈が声を潜めながら呟いた。途端、二人の脳内で響いていた鈴の音がピタリと止んだ。
「俺だけじゃなかったんだ。なんか、少し安心した……」
「それ、どういう意味?」
「俺にもよく分からないんだけどさ……」
昨晩。それは、奏人がいつものように父母と夕飯を済ませ、自分の部屋へ戻って間もなく。ベッド脇の壁に寄りかかりながらスマホを見ていた時だった。
チリーンと、微かな鈴の音がして、隣の家が風鈴でも出したのだろう。と、思って特に気にも留めていなかったのだが、二度、三度と少しずつだが近づいてきていることに恐怖を覚えた奏人は、階下にいる父母にその鈴の音のことを切り出した。
「だけど、親父たちには聞こえないらしくて……それで、耳鳴りか何かだって割り切るようにしたら、すぐに止んだっつーか」
「なにそれ、こわっ……」
「でも、三上にも聞こえたんだろ? 今の」
「う、うん。あんたと同じ音かは分からないけど……」
菜奈が少し引き気味に呟く。奏人は、何かを考えるかのようにして、おもむろに立ち上がり、キッチンのほうへと向かうと、冷蔵庫から麦茶のペットボトルを取り出してコップ半分ぐらいまで注ぎ、それを一気に飲み干した。
「あんたさぁ、どこまで自由なの?」
菜奈が、呆れたように言った。
「だから、ここは俺の家も同然なの。親父さんたちの許可は貰ってるんだって」
「それにしたって、遠慮ってものがないのかな。この人マジで」
「それよりさ、ちょっと付き合って貰いたいところがあるんだけど」
「付き合うって、どこに?」
「俺のじーちゃん
真顔で返してくる奏人に、菜奈は呆気に取られたまま。
「はぁ? なんで、私があんたのお
「ガキの頃、じーちゃんからやべぇ話を聞いたことがあってさ。まさかとは思うんだけど、それが本当なら三上にも関係あるんじゃないかと思って」
「気が進まないけど、付き合ってあげるわよ。なんか気味悪いから……」
さっきまでのおちゃらけた雰囲気はどこへやら。厳かに瞳を細めたまま黙り込む奏人と、不機嫌そうに眉を顰める菜奈。
この時の二人には知る由もなかった。
生まれながらに背負っていた、お互いの天命というものを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます