真実

視界は真っ暗。そんな中、大きな通知の音だけが鳴り響いた。

アラームの音じゃないな。

目を擦って、いつもの部屋を視界に入れた。ナイトテーブルに置かれたスマートフォンを手にとると、そこには妙な通知があった。

「全人類へ……?」

アプリが多くて、何の通知か分からないな。

不安をおぼえつつも、通知を開いた。

なんだこれ。

そこには異端な文が書かれていた。

「ごきげんよう。我は高村健人様に仕える悪魔だ。名はLILリル。今日は俗世に混乱を与えてしまうぞ。唐突だが、高村健人様は我の創造者である。そんな偉大なる御方が存在される世界の汚染。それは胸糞悪い。高村健人様も、同じ意見であろう。我に『自分なんか生きる価値がないと思っている奴を全員殺してくれ。』と命じてくださった。つまり、自分なんか生きる価値ないと思ってた奴の息なんざないぞ。

我に文句を垂れたいか。我の意識や躰は高村健人様の命じた事柄が完了次第、消滅する。我も言いたいことは分かるが、お前らの言葉など聞こえないのだ。」

高村のやつ、なんていたずらをしてくるんだよ。今は能力がある世界だ。信じる可能性もあるだろう。

その時、インターホンがなった。

「誰だろう。高村が脅かしにきたのか? 朝早くに準備してまでやることかな……」

母と父が寝ている筈の寝室の横を通り、一階のリビングまで足を運んだ。

「えっ。」

インターホンの画面を見ると、苦い顔の山川さんが映っていた。

「何事……?」

ボタンを押すと、強い呼吸音が聞こえてくる。

「楠木連さんであってる……?」

山川さんの様子から、只事ではないなと感じとった。

「うん。鍵を開けるからゆっくり話そう。」

リビングから玄関までは短い距離なのに、全速力で走った。

玄関の扉のつまみを捻ると、すぐに扉が開いた。

「楠木さん!」

玄関中にさっきの弱々しい声とは裏腹な声が響いたと思ったら、身体が強くしめつけられた。

「どうした……?」

背中に優しく叩かれる感覚が伝わる。

「楠木さんが生きててよかった……」

どうしたのだろう。なんでいきなり命の危機を。

その時、ひとつ思い出した。

高村のいたずらを信じてるのかな。

「山川さん。もしかして、高村の……」

待てよ。そもそも、別れた人にいたずらするかな。

「……あのね、楠木さん。それはいたずらなんかではないよ。」

いたずらなんかではないと言ったか、この人。

いや、そんなことはない。

非現実的な世界が現実になった今でも、非現実的だ。

「高村の能力は『悪魔を手玉にする』というもの。つまり、あの通知の内容は本当なの。」

え。

通知の内容には、「殺してくれ」なんて単語もあったぞ。

高村の奴、何をやっているんだ。

思うことが色々ある中、その思いが特に強かった。

「早く学校に行こう。同級生の無事を願って。」

準備しようとしても、彼女は僕の傍から離れない。

「安心して。同級生は無事だよ。全員無事だよ。私たちの学校の人はみんな助かったんだよ。」

多分、この涙は甘い涙だろう。

「……全員と連絡をとったの?」

身体のしめつけが緩くなったかと思えば、目の前の顔は苦笑していた。

「実は私の能力、タイムスリップできる能力なんだよね。」

ついにもらった能力について、明かしてくれた。彼女はこの一ヶ月半近く、一回も明かしてくれなかったのに。

「つまり、山川さんが未来にいって確かめてきたってことになるのかな?」

彼女は微笑みながら、首を横に振る。

「それだと私、この時間に帰ってこれないじゃない。政府からの能力は一度しか使えないんだよ。」

ということは過去に戻ったのかな。でも過去に戻ったからといって、未来にみんなが生きているかなんて分からない気がする。

駄目だ。そもそも状況が異質すぎて、頭が回らない。

「私はタイムスリップを使って、今日から一ヶ月半くらい前に戻ったの。タイムスリップを使ったタイミングは、今日の放課後ってところね。とても言いづらいけど……」

短い間、固まる彼女。自分の唾を飲む音が少し気持ち悪い。

「楠木さんの死亡が確認された時。」

窓は閉めているのに、道を通る車の音が鮮明に聞こえる。

「こういうこと言うの、複雑なんだけどさ。私たちの学校の人の中で、見事に高村の能力に殺されていたのは楠木さんだけ。」

生きる価値と言われれば、確かにないなと思っていた平凡な奴だった。彼女ができるまでは。

「私は楠木さんを救わなきゃって思って、タイムスリップを使った。そして救うには、生きる価値と思えるものを与えてあげないといけなかった。」

謎が全て繋がった。

一ヶ月半くらい前の告白。五日前くらいの彼女の思っていたこと。そして、今までの不思議な感覚。

「そのための恋人関係だったんだね。」

彼女は頷く。

「そんな顔しなくても大丈夫。そろそろ学校に行こう。みんなを心配させる。」

やはり彼女の笑顔は愛くるしい。僕は急いで髪を整え、スクールバッグを手にする。

「待たせた。遅刻する前に、走って向かおうか。」

そして、僕と彼女は玄関を出た。あいつにも話をつけないといけない。

僕らは走った。それは遅刻するからという理由だけではない。上り坂や平坦な道を走る。僕らは何も話さない。弱音も吐かない。ただ走った。

校門を潜り、玄関で靴を履き替える。その時間さえ、うざったく感じる。

息を上げながら、階段を駆け上がった。

「先生! すみません!」

教室には、その声しか響いていなかった。

「よく来たぞ。楠木に、山川。」

高村は逃げたのか。それにみんなはどうなった。

「やっぱり、みんな焦りますよね。」

彼女は冷静に先生と向き合っている。

「違うんだ、よく聞け。高村の件で生き残っているのは、楠木と山川だけだ。」

なにを言っている。

「高村の件に先生が気づいてから、生徒の親に電話をかけて回った。そしたら、どの人も『恐らく、高村さんの件で。』と。楠木と山川の親はそもそも連絡がつかなかったが、よかった。……あと、高村自身も亡くなっていたそうだ。全部知った高村の親も、自らの手で……」

常軌を逸している。しかも、高村が自分で。

「黄昏れるなら黄昏ていてくれ。いつでも帰っていいからな。」

扉の閉まる音と、彼女が慟哭が聞こえる。

「少しの人しか救えなかった!」

耳と心が叫び声のせいで痛い。

「あの時、背中を叩いてくれてありがとう。」

彼女の背中はとても温かい。

「……気づ、た。良い人な、だよ。あ、た。」

濡れた瞼が、くすぐったい。

「……あの。みんなの幸せの分まで、私たちが幸せにならないかな?」

僕は、頷くことしかできない。

涙を止めてまでの告白を、いや。

この人からの告白を断れない。

風にゆられる紙に書かれた、高村の酷い行為の数々。そんなものがあるならば、お互いの顔しか見ていなかった僕らには見えていなかった筈だ。

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L1L 嗚呼烏 @aakarasu9339

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