第7話 詠唱なんて要らなかったのじゃ

 魔獣の肉を食べ終え、ふくはスヤスヤとヴォルフの背中で眠っていた。

 そんな彼女を起こさないようにゆっくりと巣へと戻る。

 到着すると空気が変わったのが分かり、ふくは目を覚ます。


「巣へ戻ったのか……?」


「うん、眠れた?」


「おかげさまでの。……やはり、生肉はわしに合わん。調理法を考えたいものじゃな。」


「また肉でも獲ってこようか?」


「そうじゃの、知恵を貸してもらえなければ、やってみるしかないからの。ぼるふよ、獲ってくるのじゃ。」


 ヴォルフは姿を消し、一人になると巣の整理をする。

 とはいえ、生活するのに最低限のものしか置いておらず、食事をした形跡もない。

 本当に眠るための巣である。

 寝床と思われるところに座り、自分の胸を持ち上げる。


「あやつらは乳が大きいと言っておったの……。やはり人間の頃に大きいとこの姿になっても大きいままじゃの……。バカにされてしまうから嫌いじゃ……。」


 ふくのいた時代では巨乳は侮辱の対象にされやすく、胸を「さらし」などで巻き付けて小さく見せるということまでされていた。

 要は栄養が頭にいっていないや乳牛のようでのんびり屋であるとバカにされがちであるからだ。

 エビデンスこそないが、皮肉としてそのような価値観に囲まれていた為、ふくは自身の胸の大きさに不満を抱えていた。

 そのような事をしているとヴォルフが獲物を咥えて戻ってくる。


「戻ってきたよー。どうしたの胸なんか触って?」


「む、帰ってきたのか。ぼるふよ、お前はわしの胸は大きくてはしたないと思うか?」


 そう訊ねられたヴォルフはふくの胸をジィっと見る。

 いろいろな角度から嘗め回すように眺めていると、だんだん恥ずかしくなってきたのかプルプルと震え始める。

 そんなふくに気づかずに無言で見続けていると、谷間にマズルを突っ込む。


「な……何をするんじゃっ!?助平犬っ!!」


 ふくの怒声と共に平手打ちがヴォルフの右頬に炸裂した。

 胸を隠し、牙をむき出しにしてヴォルフに威嚇する。

 ヴォルフは目や眉が垂れ、到底神とは思えないだらしない顔になっていた。


「いやぁ~……。これが乳袋というものかぁ~……。すごくいい感触だったよ!」


「……お前は……乳が大きくても馬鹿にせんのか……?」


「なんで?頭の良し悪しに大きさなんて関係ないと思うけど?オレはふくの乳は柔らかくて大きいから好きだよ?」


「……変態犬。」


 ふくはそう言って背を向ける。

 怒っているような彼女だったが、尻尾が立ち、耳が垂れ下がっているので嬉しくて照れているのだとわかり、ヴォルフは「ふふんっ♪」と笑う。

 ふくは思い出したかのようにヴォルフに振り返る。


「肉は獲ってきたのかの?」


「もちろん。巣には入らないから外に置いているけど。」


「うむ。それでは小さく切るとしよう。」

 

 巣の外に出ると昨日ふくが食べたであろう魔獣が転がっていた。

 その魔獣を見て一度ニオイを嗅いでみるが、やはりケモノ臭い。

 見た目はシカのような感じではあるのだが、禍々しい角をしており、体毛は緑色をしてあまり美味しくなさそうである。

 いつまでもニオイを気にしてはいられないため、肉の切断に集中する。


「詠唱が面倒じゃの。理解さえしておればよいのじゃろう……?『押し固めた大気の刃よ、肉を切り刻め。』……まあ、だめじゃろうて。」


 ふくはダメもとで詠唱を簡単にしたが、特に変化は起きず、発動ができていないと認識した。

 正式な詠唱を行うため、精神統一をしようとすると、ヴォルフの鼻息が荒くなる。

 

「ふく?魔法は発動できているからもう切らなくていいよ?」


「何を言っておる?発動すらせんかったのじゃよ?ほれ、切れて……おるの……。あの時みたいに目に見えるほどの刃ではなかったのじゃが……。」

 

「ああ、あれはね魔力の込めすぎだよ。寧ろ今のが丁度いい切れ味だから、安定して撃てるようになると戦いにも使えるんじゃないかな。」


「戦いには使うことはできないじゃろう。詠唱が長すぎて、近くに寄られたら何もできんのじゃ。せめて、こう手の動きと共に『風よ。』で発動できればの。」


 人差し指を立てて横一文字に振り払うと風の刃がヴォルフに直撃した。


「ぼるふ!?大丈夫か!?」


「ち……ちびった……。」


「汚いの。」


「し、しょうがないじゃん!いきなり飛んでくるんだから!しかもガードしないと死ぬヤツだったんだから……。」

 

「そ、それはすまない。(がーどとはなんじゃ……?)……しかし、なぜ今ので発動できたのじゃ……?」


「風を使うことと、頭の中で目的を理解していたからじゃない?」


 ふくはヴォルフの答えを聴き口に手を当てて考える。

 魔法は目的とやり方を正しく伝えると使用できる。

 それを明確化するために詠唱というものが必要となる。

 詠唱はある程度簡単にすることができるのは分かったが、やはり目的とやり方を明確化しているため発動ができる。

 今回は風しか呼んでおらず、頭の中でこうなればいいとしか思っていなかった。

 そしてふくは一つの答えにたどり着く。


「ぼるふの言っていた『いめーじ』というものではないか?」


「うん。オレは詠唱なんかいらないからね。イメージでモノを凍らせているからね。」


 そう、最初からヴォルフは無詠唱で魔法を発動しており、最初の説明でも「イメージ」で説明していた。

 それを理解したふくは呆れた様子で腕を組んでため息をついたのだった。

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