第8話 火の魔法なのじゃ

 順調に肉を切り進め、手のひらサイズの肉塊に分けていく。

 もも肉、胸肉、腰肉と分けていくが、可食部が多くふくは驚いていた。

 もちろん骨や内臓は取り除き、ふくは風の刃を自在に使いこなしていた。

 牛ほどの大きさのあるシカのような見た目をした魔獣を捌くのは、いくら魔法で簡単に切れても負担は大きい。

 ふくは作業の手を止めて岩に座る。

 いつもニコニコとふくを見てくるヴォルフを見て不思議に思う。


「ぼるふよ。お前はこの氷の魔法をずっと使い続けておるのか?」


「そうだよ?この位の冷やし加減なら使い続けても魔力は無くならないね。」


「ほう。魔力がなくなるとどうなるのじゃ?」


「ふくたちニンゲンは眠るんじゃないかな?」


「ふむ……昨日のような感じになるというのかの。ならばお前たち神はどうなるのじゃ?」


「消滅……?まあ、死ぬのは確かだよ。」


 ふくは少し驚いた顔をすると黙って立ち上がる。

 再び肉を切る作業を再開する。

 それはヴォルフの身のためを思っての行動だった。

 表には出さないが、ヴォルフに対し恩を感じており、それを仇で返し、消滅をさせたくなかった。

 もちろん先ほどヴォルフが言っていたことは嘘ではないので、本当に凍らせ続けることは可能であり、長時間凍らせるのであれば別の魔法を展開すればいいのだが、ふくはそれを知らない。

 それだけローテクノロジーの環境出身で、つい最近魔法を知ったのでしょうがないのだが。


「ふく、キミが生きてきた世界を知りたいんだ。地上にはずっと出られていないし、世の中がどれだけ変わったか聞きたいんだ。」


「……まずは腹ごしらえじゃ。切った肉はどうやって干そうかの。」


「それなら魔法で水分を抜けばいいんじゃないの?こう……肉と水を分ける感じ?」


「……またいめーじとやらか。まあ、干し肉はわしの国でもやっていた手法でやるとしよう。」


 ふくは木の棒に【斬撃】を付与し、薄く切っていく。

 それをツタで縛り、巣の入り口にぶら下げていく。

 地上ではないが、風が程よく吹くこの世界でも干し肉は作れそうで安心したふく。

 余った肉を櫛状の木の枝に差し込んでいき、燃えそうな木の棒を集めていく。

 木の棒の山に向かい合って腕を組んで考える。


(火とはどうやって燃やすのじゃろうか……。む、この感じは……。)


 §


 ふくが目を開けると以前訪れたであろう書庫であった。

 相変わらずの本の量に圧倒されていると、一冊の本が目の前に落ちる。

 それを拾い、開いていたページを眺めると、燃焼の項目であった。


「ふむ……ものが燃えるためには可燃物と点火物と酸素が必要。……小難しいのじゃ。よくわかるように書くのじゃ。」


 ふくは燃焼について諦めようとした瞬間、燃焼の欄にある空白の部分がじわじわと浮かび上がっていく。

 不思議な現象を起こす本に気持ち悪さを感じながらもその内容を見ていく。


「どれどれ……今回の場合は木の棒が可燃物、酸素は近辺の空気を送る、点火物は熱に変えた魔力……じゃな。では炎を操る魔法はないのか?」


 ふくは誰もいない書庫で声を上げると再び一冊の本が落ちる。

 それを箸って拾い上げると、【火】と書かれたページが開かれる。

 表紙を見てみると「魔法大全」と書かれており、魔法について詳細なものが載っているものだと理解する。

 再び【火】のページを見るとそこには元素魔法と書かれていた。


「元素魔法か……。わしに扱えるものかのう……。魔力を熱と”がす”の二つを作り出して燃やす魔法。【圧縮】で高温化させたりいろいろな方法があるが、上記の方法で発動が可能。……”がす”そはなんなのじ……出て来おったわい。”がす”とはよく燃える力のある空気。油を空気状にしたものでも代用可能。ふむふむ。やってみようかの。」


 ふくは目を閉じでヴォルフのいる世界へと移動を願う。

 どのみちこの書庫では現在必要な知識しか提供されないのだから長居をしても仕方がないのだから。


 §


 目を開けると、ヴォルフが尻尾を振っていた。


「ふく!こんなに木を集めてどうするのさ?」


「あほ犬、少し離れてみておるのじゃ。」


 ふくは木の棒の山に向かって手をかざし、頭の中で火が燃える想像をする。

 それでは発動はしないので、書庫の出来事を思い浮かべていく。


(未だに”がす”というものは判らんが、以前放屁に火をつけて火だるまになって死んだ阿呆がおったの。あれが”がす”というものであるなら……。)

 

「『燃えよ。』」


 そう言葉を発した瞬間、木の棒はボウッと燃え上がる。

 いきなり燃えたため、ふくは二、三歩ほど下がり、ヴォルフは岩の後ろに隠れた。

 ふくは火の元素魔法を使いこなし、焚火を行うことができるようになった。

 串肉を焚火の比で炙り、程よい焼き加減になったところでそれを食べる。

 この世界に来て、はじめての温かいご飯と空気を満喫する。

 

「美味いのじゃ!ぼるふもこっちへ来んか!うまいぞ~。」


「ほ、本当に……?」


 ヴォルフは火に警戒しながら、ふくの隣に座り、焼き立ての肉を食べる。

 今までは生肉しか食べてこなかったヴォルフにとって初めての感覚と味であった。

 この世界に料理というものは存在しない。

 村で出会ったような獣人は、ふくのように元々人間だったという訳ではなく、ヴォルフが気まぐれで作った人間のようなものである。

 そのため料理がないのだ。

 肉をぺろりと平らげ、次の肉を催促する。

 余程おいしかったのか、目を輝かせているヴォルフを見て、ふくは満足そうにふふんと笑い、次々と肉を焼いて食べたのであった。

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